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【軍事情勢】印首相の本性「中国嫌い」を引き出せ

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【軍事情勢】印首相の本性「中国嫌い」を引き出せ

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新興5カ国(BRICS)首脳会議でブラジルを訪問し、握手を交わすインドのナレンドラ・モディ首相(左)と中国の習近平国家主席。この後の印中首脳会談で、モディ氏は経済協力だけでなく領土問題も持ち出した=14日(新華社=共同)  インドのナレンドラ・モディ首相(63)が晩夏、来日すると観測されているが、安倍晋三首相(59)にはヒンドゥー教の学習をお薦めする。ヒンドゥー教の神シヴァは2つの顔を持つ。例えば、雨は豊穣な土地造りには欠かせない反面、時に風水害で土地や人命を奪う。シヴァはこうした《恩恵》と《災い=破壊》の二面性を有する。翻って、インドの中国に対するベクトルは一見明確なようでも、二面性があり複雑だ。モディ氏は首相就任前から印中国境問題では譲らぬ姿勢を明言し続け、歴代首相中突出した「対中強硬派」と観られがちではあるが、わが国同様、現時点では魅力的に映る中国経済への目配りを強いられる。《非同盟》が《全方位》に切り替わっただけの外交文化も忘れてはなるまい。「中国嫌い」「印中経済」という二面性をどの程度、外交・安全保障政策に反映するかは日本の国益にも直結し目が離せない。教義によると、世界の寿命が尽きたとき、シヴァは世界を破壊し新世界を創造する。中国を睨んだ新たな印・アジア太平洋秩序を日印で構築したいところだが…。

矢継ぎ早に派手な牽制

 5月の首相就任式には驚いた。中国の指導者が招かれず、特等席にはチベット亡命政府政治最高指導者が着席。パキスタン首相も出席した。印パ独立以来、両国の首脳レベルが首相就任式に出席した前例は互いにない。両首相会談では領土・経済を協議する次官級会議実現やモディ氏訪パで合意した。印周辺国を支援してインドを包囲する中国の《真珠の首飾り戦略》へのクサビとの見方もある。

 国家安全保障担当補佐官に迷わずアジット・ドヴァル氏(69)を任命してもいる。日本の外交関係者や経済人とのパイプも太く、ブレない安全保障観には定評がある人物だ。

 6月に入っても、中国牽制は弱まらなかった。初外遊先としてブータンを訪問。印中に挟まれるブータンに、中国と接近しないよう呼び掛けた。

 「幸福を確実にするには隣国が重要。隣国のせいで平和に暮らせない場合もある。幸福指標の一つは、インドのような友好的隣国を持つことだ」

 ブータンは安全保障・経済面でインドに深く依存するが、前政権が印中二股外交を採る姿勢を見せたため、インドは昨年補助金を打ち切る。モディ氏は早速、補助金を復活させた。スピーチは、経済成長より国民総幸福量(GNH)を重視するブータンに「幸福」を強調し、警告的色彩を薄めた警告だった。

 確かに、中国に対する矢継ぎ早かつ、派手で強固な牽制は、首相就任前に務めたグジャラート州首相時代と全く変わらない。州首相時代には、印中領土紛争の舞台の一つアルナチャル・プラデシュ州などで演説し「中国は領土拡大主義の思考回路を捨て去るべき。地球上のどの権力もインドからアルナチャル・プラデシュを奪い取れない」「インドの名にかけて国を守ることを誓う」と言い切った。野党の次期首相候補としての選挙向け演説でないのは、首相就任式に際しての招待状や席次で証明されている。

信念と現実主義の二面性

 中国の李克強首相(59)とは就任式翌日に電話会談した。首相級との初電話会談ではあったが、中国側の要請とみられ、緒戦で中国に数々の強力なシグナルを送ったインドに、中国側が引きずられた構図となった。実際、6月には王毅外相(60)が訪印し、印中経済関係促進などで一致した。インドにとり中国は屈指の貿易相手国だが、貿易赤字は3兆5000億円にのぼる。赤字削減は停滞していた印経済の再建にも不可欠で、この点モディ氏は州首相時代、高経済成長を達成した実績も有り、首相就任後に印株式時価総額が過去最高値を付けたほど。国民・市場の期待は大きい。リスクの高い中国からインドへ、投資が環流するとの専門家の予測も少なくない。

 総じて、指導者に必要な《信念・胆力=中国嫌い》と《現実主義=印中経済重視》の二面性が認められる。いまひとつ、モディ氏には、対中コンプレックスが感じられない。ここは印中関係を見極める上で重要となってくる。既述した緒戦での印ペースもその発露ではないか。

 軍事組織は戦に大敗した戦史を引きずる。特に1962年、中国軍8万が国境地帯に奇襲・侵攻し、印軍1万は戦死・行方不明3000/捕虜4000を出した。屈辱・自信喪失は勝つまで解消できない。政府も同じ。2008年には北京五輪を前に、ニューデリーを通過した聖火を護るべく、軍だけで2万人以上を配置した。チベット人による聖火リレー妨害を、気の毒なほど懸念したのだった。

安倍首相との濃い親密度

 1962年の大敗戦時も聖火通過も、今次総選挙でモディ氏属する人民党に負けた国民会議の政権時だった。国民会議の持つ中国への潜在的劣等感は想像するに難くない。人民党の対中意識に加えモディ氏の「強気」な性格は対中政策に影響しよう。

 斯くして、モディ氏は一部で報道される「原理主義的民族主義者」ではなく「国益を死守するタフな交渉相手」として現実路線をひた走るだろう。逆に言えば「強気」「タフ」な対中対等交渉の維持には対中劣等感に冒されぬこと、具体的には経済の対中依存度を減らし、軍事力の均衡が大前提となる。

 ヒマラヤ山脈に沿う4000キロの印中国境で軍事バランスは中国に偏る。道路・鉄道・トンネル・飛行場を整備し、陸上・航空兵力の集積・越境をインドに比べ格段に速く実施できる。しかも中国は攻撃・防御に有利なより高所に陣取る。モディ氏も道路延べ6000キロを含むインフラの迅速な整備を命令。既に始まっていた9万人以上の部隊新編、新型戦闘機や空中給油機、輸送機、ヘリコプター、野砲や各種ミサイル、戦車の増強配備→運用を効果的にする計画だ。

 ところで、伝統的に印外交・安全保障上の立ち位置は概して親日的。とりわけ、共に安全保障と経済の2大課題と格闘し、既に何度も顔を合わせた安倍-モディ両氏の親密度は、歴代日印首相の交誼と比較しても濃厚だ。わが国は原発・兵器を含む対印協力や共同軍事演習を強力に推し進め、「印中経済」より「中国嫌い」を表看板にしたくてウズウズしているモディ氏の本性を引き出さねばならない。(政治部専門委員 野口裕之)

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