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「家族の一員」「多くの経験」…さらばジャンボ

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの経済

「家族の一員」「多くの経験」…さらばジャンボ

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 ジャンボジェットの愛称で親しまれ、1970年代からの空の大量輸送時代を支えたボーイング747が3月末、全日空の国内線から引退し、日本の旅客航空会社から姿を消す。エンジン4基の巨大機は老朽化が進み、燃費の悪さから「油食い虫」と呼ばれるが、関係者の多くは「自分たちを育ててくれた機体」と別れを惜しむ。

 時代をともに

 パイロット歴21年のうち、15年を747と過ごした全日空の田中道彦機長(48)は「自分が若くてパワフルだった時代をともにした機体。多くの経験を積ませてもらった」と懐かしむ。「他の機種と比べて燃費が悪く整備コストも掛かる。寂しいけれど、引退は時代の流れです」。今後は別の機種を操縦するが、「一便一便を安全に運航していく思いは変わりません」と表情を引き締めた。

 全日空が747を導入した79年に“ジャンボ要員”として整備士、金沢晃さん(53)は入社した。幼い娘たちが作ってくれたお守りの人形をフライトバッグに忍ばせ、機体整備のため、世界各国を飛び回った。

 85年の日航ジャンボ機墜落事故は、大きなショックだった。航空機の整備では単純なミスも許されない。「生半可な気持ちでは駄目だとあらためて思った。ミスがないか徹底的に確認する癖がつき、家では変人扱いされています」。無事故で引退を迎える747には「静かに休んでくれ」と声を掛けるつもりだ。

 本当に愛された

 姉と一緒に金沢さんのお守りを作った次女、奈々さん(25)は2011年に全日空に入社、客室乗務員として747にも搭乗した。「父は安全第一の人。家族旅行で母が、エアコンを切り忘れたかもしれないと言うと、飛行機をキャンセルして帰宅したこともあった。実際には切れていたんですけどね」とほほ笑む。

 父は海外赴任が長く、家族が一緒に過ごせるのは旅行の時ぐらいだった。よく利用した747は「楽しい思い出と結びついている。家族の一員のような存在です」という。

 1970年に747を初就航させた日航からは既に引退。全日空での退役も決まり、思い出を懐かしみ記念搭乗する利用客が多くなった。「本当に愛された飛行機。ありがとう、お疲れさまと言いたい」と奈々さん。乗る機種は変わっても父譲りの“確認ぐせ”で、安全運航を守っていく。(SANKEI EXPRESS

 ■ボーイング747 米ボーイング社が開発した大型ジェット機。総受注数は1500機を超え、国内では日航が世界最多の112機、全日空が47機を導入した。エンジン4基を備え、機体前方が2階建てになっているのが特徴。550を超える座席が装備可能で1970年代以降の大量輸送を支えたが、ボーイングの主力は座席数が同規模で燃費の良い777や、中型で航続距離の長い787になった。85年には、乗客乗員520人が死亡した日航ジャンボ機墜落事故が起きた。日本貨物航空は貨物機として使用を続ける。

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