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愛しのラテンアメリカ(4)キューバ 規制緩和策 人々の意識に変化

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愛しのラテンアメリカ(4)キューバ 規制緩和策 人々の意識に変化

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首都ハバナの街中で果物や野菜を販売する行商。バックには見事なストリートアートが描かれていた=キューバ(緑川真実さん撮影)  キューバ政府は、公務員を削減して自営業者の拡大をはかり、民間の経済活動を活発化させる規制緩和政策を推し進めている。そして私は、この政策の一番象徴的な光景に出合った。

 世界遺産に登録され、観光地として人気が高いキューバ中部のトリニダ。外国人観光客を乗せたバスの到着時間が近づくと、お手製の段ボール看板を持った宿の客引きが、ターミナルと一般道を区切る、細いたこ糸のようなひもに沿って整列する。そして、乗客がバスからはき出されると、「こっちこっちー!」、看板を頭の上に掲げ、大声で呼び込みが始まる。こんな景色、アジアの観光地でしか見たことがない。

 宿泊した民宿のオーナーの話によると、以前は数えるほどだった「カサ・パルティクラル」と呼ばれる民宿が、今では100軒は超え、毎日のように客の争奪戦が繰り広げられるという。そんなオーナーも、間貸し歴はほんの数カ月の新人さん。「バス移動で疲れている旅行者に群がりたくはないけど、他の人がするから仕方がない」。眉間にしわを寄せて、彼はがっちりとした大きな肩をすくめる。数年前まで闇営業していたロブスターが名物のレストランも、晴れて営業許可を取得して大繁盛していた。

 首都ハバナの目抜き通りのオビスポ通り周辺も、ネイルサロンやチュロス屋、ピザ屋、靴屋などの新業種でにぎわう。花売りの女性は「公務員時代より稼ぎはいいわよ」と、にこやかな様子だった。

 規制緩和政策の波は、街の景色はがらっと、人々の意識は少しずつ変え始めていた。

 ≪返ってきた言葉は「マネー」≫

 当然のように、人々の関心は、開門したダムから放出する大量の水のように、「お金」に向き始めていた。街角で市民の写真を撮ったとき、10年ほど前は「ありがとう」と返ってきた言葉が、今では「マネー」となったのは、顕著な変化だった。

 貧富の差も広がっているようで、飲食店の前のゴミ箱をあさる人をよく見かけた。そして、ハバナでは前はまれだった観光客へのひったくりや、他都市では民宿における現金盗難など犯罪被害をよく耳にした。

 変化のうねりにあるキューバに寂しさを覚えるのは、一観光客の勝手な感傷に過ぎないが、初めて訪れた2003年の光景が懐かしい。

 当時、必要最低限の日用品すら品薄で、お腹が空いても飲食店が少なく、質素な国営レストランを探すのに一苦労した。平等を実現するために払われる「不自由」という代償を身をもって知った。でも、私はこの国が大好きになった。

 それは、物も情報も発展もない国では、「人の存在」が驚くほど濃かったからだ。何もないから、色や音が加わったんじゃないかというほど強烈な、人間から湧き出るパワーやエネルギーに満ちていて、一人として似たような印象の人はいなかった。まさに十人十色。その濃密ぶりが、今回はずいぶんと薄くなった印象だった。

 それは、私の見方が変わったのかもしれないし、キューバが変わったのかもしれないし、両方かもしれない。ただ、彼らの生活スタイルを急速に変えている自由経済政策は、果たしてどんな未来をカリブの島国にもたらすのか、思いを巡らせた。(写真・文:フリーカメラマン 緑川真実/SANKEI EXPRESS

 ■みどりかわ・まなみ 1979年、東京都生まれ。フリーカメラマン。高校時代南米ボリビアに留学、ギリシャ国立アテネ大学マスメディア学部卒業。2004年のアテネ夏季五輪では共同通信社アテネ支局に勤務。07年、産経新聞社写真報道局入社。12年に退社後、1年半かけて世界ほぼ一周の旅。その様子を産経フォト(ヤーサスブログ)とFBページ「MANAMI NO PHOTO」でも発信中。好きな写真集は写真家、細江英公氏の鎌鼬(かまいたち)。

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