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水も飲めず、魚も取れない カンボジア メコン川

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水も飲めず、魚も取れない カンボジア メコン川

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カンボジア・メコン川=2013年12月15日現在  【世界川物語】

 「この30年で川はすっかり変わってしまった。一日に取れる魚の量は昔の10分の1にもならない」-。集会場代わりの簡素な寺の床に腰を掛けたストゥ・バン(52)がポツポツと語り出す。

 「川の水を飲むと下痢したり、熱が出たりするようになった。こんな大きな川のそばにいて雨水を集めて飲むなんてどうかしている」

 ダム建設続々

 集落のリーダー、シーク・メコン(52)が「川が変になったのは、上流にダムができた1993年の3年後くらいからだ。水位が大きく変わって洪水が多発するようになった。いつの間にかイルカも見掛けなくなったし、魚や水草の中にはまったく取れなくなったものもある」と畳み掛けるように言う。

 首都のプノンペンから車で10時間。彼らが暮らすスレコール村はメコン川の支流セサン川のほとりにある470世帯ほどの小さな村だ。

 チベット高原に源を発し、東南アジアと中国の6カ国を流れる全長約4000キロのメコン川流域は、世界有数の淡水漁業地帯だ。メコンオオナマズに代表される巨大魚をはじめとする多種多様な魚や水草といった川の恵みが、人の暮らしを支える。

 だが、ストゥ・バンが言うようにメコン川の環境は悪化が著しく、メコンに注ぐ支流では次々とダムが建設されてゆく。

 人口は増え続け、多くの人が少なくなった魚を追い求める。村のリーダーの1人は「夜の闇に紛れて高速ボートでどこからかやってきて、電気ショックを使って違法に魚を取る連中が後を絶たない」と嘆く。

 川の恵みから見放された人々は近くの森を切り開いて商品作物を植え、広大な面積の森林を伐採して造られるゴムのプランテーション農場に出稼ぎに出るようになった。

 迫られる立ち退き

 そして今、スレコールなどの住民の暮らしに計り知れない影響を与える新たなダムの建設計画がカンボジア国内で持ち上がった。「セサン下流第2ダム」だ。セサン川、スレポック川の2本の大きな支流の合流点の直下に、高さ75メートルの水力発電用ダムを建設する計画で、ダム湖の長さは全長6キロ、面積は3万3360ヘクタールに達する。

 完成するとスレコールを含めた七つの村が水没し、5000人近くの住民が立ち退きと移転を迫られることになる。水没地域の上流でも、ダムの下流でも漁業に大きな支障が出るのは確実で、影響を受ける人は数知れない。

 もうすぐ50歳になるというヨーン・バンニはスレポック川のほとりに居を構える魚の仲買人だ。

 店先にはかりを置き、川漁師が取った魚を売りに来るのを待つ彼女のもとに、魚の入った籠を持ってトウン・フェト(43)が現れた。籠の中にはヌメヌメとした体をくねらせる生きたナマズもいる。

 「昔はこんな小さな魚、誰も売り買いしなかった。10年前は1日で1000キロの魚を扱ったけど、今では40キロの日もある」とヨーン・バンニがこぼす。

 「抱えきれないくらいたくさんの魚を持ってきたこともあったのに今では籠一杯がいいところ。まったく魚が取れない日もある」と、トウン・フェトは言葉少なだ。

 セサン下流第2ダムができればヨーン・バンニの店は水の下に沈み、ダムの下流すぐの場所で魚を取るトウン・フェトの暮らしも立ちゆかなくなるはずなのだが、2人とも詳しいことは何も知らされていない。

 水没予定地では、住民の合意を待たずに道路が建設され、森林の伐採も始まっているという。

 国内外の大企業と首都の政治家が推し進める巨大事業の前に、彼らはあまりにも無力だ。

 魚のハイウエー

 日本も出資する国際研究機関ワールドフィッシュの魚類専門家、エリック・バラン(48)らは昨年、メコン川の支流に計画されている数多くのダムの中でも、セサン下流第2ダムは魚の生息への影響が飛び抜けて大きくなる恐れがあるとの研究成果を発表した。

 エリックは「あのダムは回遊する魚にとっての重要なハイウエーを遮断するようなものだ」と指摘。「周辺の小さな流れを活用して自然の魚道のようなものを造ってやれば影響を減らせるかもしれないのだが、政治家は耳を貸してくれそうにない」と話す。

 メコン川流域では本流を含めダムの建設がめじろ押しだ。その環境と人々の暮らしの将来について「楽観的ではいられない」と言うエリック。「生活の糧を川の魚に依存するしかない多くの貧しい人々にとって、今の変化はあまりに速すぎる。せめて、それをもっと緩やかにすることができればいいのだが」とつぶやいた。(敬称略、共同/SANKEI EXPRESS

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