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シンプルだからこそ素材の味が染みわたる 東京・三田 三味の「ねぎま鍋」
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「ねぎま」といえば今は焼き鳥を真っ先に思い浮かべるはず。でも、本当はネギとマグロを使った鍋のこと。江戸時代から愛されてきた粋な味覚を楽しめる店が東京・三田にある。
聖坂(ひじりざか)の下にたたずむ小さな割烹料理店「三味(みあじ)」。白壁に木戸という渋い店構えだ。慶応義塾大学のお膝元という学生街にありながら、40年以上にわたって、丁寧に仕込まれた料理で大人の舌をうならせてきた。
こちらの看板料理こそが、「ねぎま鍋」(1人前2100円、注文は2人前から)。毎年10月~4月までの冬季限定メニューとなる。「冬のネギは甘くてトロリとしている。夏のものではどうしても硬く、甘味が少ないのでこの味は出せません。夏は何を出してるんだって、お客さまによく聞かれるんですけれど…」と笑うのは、店主の三橋(みつはし)雅喜さん(45)。日本料理での修業を経て、17年前に父親が作った店を継いだ。
自慢のねぎま鍋だが、具材はネギ、マグロ、シイタケ、豆腐、だしもカツオ節としょうゆが中心と、至ってシンプル。「シンプルな方がマグロの味が引き立ちますから」。味の決め手となるマグロだが、もともと先代はすし店を手掛けていたというだけあって、質のよさには自信がある。使用するのは頭肉など脂ののったトロ。頭肉は1匹に2本しかとれない貴重な部位を使っているという。「マグロ屋さんとの長年の信頼関係があるからこそ、手に入れられるのです」と三橋さん。
赤く輝くトロを、丁寧に引いただしでさっと厨房で煮込み、あらかた火の通った状態で客にサーブする。ぐつぐつ、ほかほか。湯気に包まれたお鍋に早速箸をのばそうとすると、注意事項があるという。「最後に雑炊をする場合は、スープを全部飲んでしまわないでくださいね」
一口すすって、その言葉の意味が分かった。ネギの甘さとマグロの上質な脂が溶け出したスープは、まさに絶品。あっさりとしながらもコクがあり、思わずうなるおいしさだ。いくらでも飲んでしまいそうになる。
「後からだしを追加しても、この味は出ません。雑炊をするには半分ぐらいだしが残っていなければいけないのですが、ついつい全部飲んでしまうお客さまが多いんです」
例に漏れず飲み干しそうになってしまうのをぐっとこらえて、具材を攻めねば。肉厚のマグロをほおばる。脂が舌の上ですっと溶け、ゼラチン質のすじは火を通すことでねっとりとした食感に。かむほどにうまみがあふれ出す。全く臭みがないのは、新鮮なものを使っているからだ。
続いてはもう一つの主役、ネギ。乳白色に輝くネギは、とろーりの食感。甘いだけでなく、マグロのうまみが加わっている。充分にスープが染みたシイタケ、豆腐も欠かせない役割だ。「新鮮でいい素材を使っているだけ。特に凝ったことをしているわけではないんです。全ては素材の力です」。シンプルだけど、うまい。いや、シンプルだからこそ、うまいのだ。
合わせるお酒は熱燗もいいけれど、ここは品ぞろえ豊富な鹿児島の焼酎を。妻・佳奈恵さんの故郷であることから、直接現地から仕入れてくるという。
焼酎、マグロ、ネギ、焼酎、マグロ、ネギの無限ループ(締めの雑炊は忘れずに!)。冬だけのとっておきの夜が更けてゆく。(文:塩塚夢/撮影:伴龍二/SANKEI EXPRESS)