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TPPとTPA 苦悩する政府と議会
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まさに真打ち登場といった感をその場の誰もが受けたはずだ。米通商代表部のマイケル・フロマン代表(51)が会場に姿を現すと、私のすぐ目の前に座っていた米倉弘昌経団連会長(76)をはじめ日本の大物財界幹部の視線が一斉にフロマン氏に注がれた。
ワシントンで11月に開かれた日米財界人会議にゲストスピーカーとして参加したフロマン氏は、「われわれは本気でこの交渉をまとめたいと思っている」と環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉の早期妥結に熱弁をふるった。ただ、聞き入る出席者は日本側も米側も硬い表情が目立ったように思う。
TPP交渉をめぐり、旗振り役の米国が苦悩している。バラク・オバマ大統領(52)に強い通商権限を与える「大統領貿易促進権限(TPA)」の復活について議会で賛否が割れているためだ。早期妥結への「切り札」(米政府高官)とされるTPAだが、慎重論は根強く、TPP交渉の早期妥結に暗雲を広げている。
TPAは、米国が他国と結んだ通商協定について大統領が議会に修正を許さず、批准に賛成か反対かだけを問える権限のことだ。政府が格段に通商交渉を進めやすくなるため「ファスト・トラック(追い越し車線)」とも呼ばれるが、相対的に影響力が下がる議会の反発から2007年に失効した。
足取りの重いTPP交渉の加速に向け、オバマ政権はTPA復活を議会に求めている。フロマン氏も「超党派でTPAを支持してほしい」と訴える。
だが、下院の与党民主党の150人以上の議員は11月13日、オバマ大統領に書簡を送り、TPA復活へ反対を表明するとともに、TPP交渉にあたり議会と十分協議するよう求めた。ロサ・デラウロ議員(70)は「政府はTPAで議会をTPP交渉から排除しようとしているのではないか。ファスト・トラックには反対だ」と眉をつり上げる。
前日には野党共和党の下院議員22人も「貿易に条件を設ける権限は議会に認められている」と同様の書簡を大統領に送付。超党派でTPA反対ののろしを上げた格好だ。
日本と同様に米国でも政府主導で交渉が進む現状に議会は不満を強めている。10月のTPP首脳会合で大筋合意に至らなかったのも、デラウロ氏は「議会との十分な協議を欠いたからだ」と政権を批判する。
ただ、議会にもTPP交渉の遅れは米国の国益にならないとの声もある。TPA復活法案の可決を目指す民主党のマックス・ボーカス上院議員(71)はその代表格だ。通商政策を所管する財政委員会のトップとしても注目を集めるボーカス氏はやはり日米財界人会議に招かれ、「TPAが失効した間に、各国は続々と通商交渉をまとめた。われわれはもう待てない」と、TPAによるTPP推進の必要性を強調した。TPA賛成の立場で交渉加速を目指す超党派議員団も11月に発足している。
だが、議会内のTPA反対勢力は燎原の火のごとく勢いを増し、TPPの年内妥結は困難との見方が強い。フロマン代表も「議論はたいへん結構だが、TPAに利点があることは明らかだ」と焦りを隠さない。
米国は財政協議決裂による10月の政府機関閉鎖をめぐって、オバマ氏がTPP交渉の首脳会合を欠席し、「傷を負った」(フロマン氏)。交渉の旗振り役のはずが、今や「足を引っ張る」(外交筋)米国への不信感が各国に渦巻く。オバマ政権はTPA復活を目指すほか、ジェイコブ・ルー財務長官(58)がアジアを歴訪して交渉加速への協力を各国に呼びかけたが、米国の求心力に深刻な影が差している。
TPP交渉自体も各国の利害の対立が深く、当初の想定とはほど遠い緩慢なペースを余儀なくされている。先月(11月)米国で開かれたTPPの首席交渉官会合も、半数超の分野で合意のめどがたったものの、最難関の関税撤廃・削減を扱う「物品市場アクセス」など難航分野で合意への道筋をつけることができなかった。「国有企業改革」でも米国と新興国の対立が激しい。
12月7日からシンガポールで開かれる閣僚会合で政治決着を図れるかどうかが、目標とする年内の実質合意を左右する。米国が各国を束ね、TPPの盟主としての輝きを取り戻すことができるかどうか、文字通り剣が峰だ。(ワシントン支局 柿内公輔(かきうち・こうすけ)/SANKEI EXPRESS)