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ついてる男の「シャンパンタワー」
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安倍晋三首相(59)はつくづく「ついてる男」だと思う。
9月、ロシアでの20カ国・地域(G20)首脳会合を途中で切り上げ、ブエノスアイレスで開催された国際オリンピック委員会(IOC)総会に乗り込み、2020年の東京五輪招致を成功させた。「途中抜け」に外務省が抵抗したが、リスク覚悟での強行突破だった。五輪招致の成否は「天国か地獄か」の違いだったが見事、凱旋(がいせん)将軍となった。
アベノミクスの「三本目の矢」たる成長戦略に決め手と迫力を欠き、デフレ脱却への“弾不足”が指摘されるなかで、五輪招致決定は景気に強い刺激をもたらす格好の「第四の矢」となった。
政治指導者には「運」も必要だが、これほど運に恵まれた首相も珍しい。1年前に自民党総裁選に挑んだ当時の安倍氏は、過去に政権を投げ出した十字架を背負う「終わった政治家」だった。だが党員票で石破(いしば)茂氏(56)=現幹事長=にダブルスコアで大敗しながら議員による決選投票で逆転勝利した。
3カ月後の衆院選では3年余の民主党政権に有権者の不満のマグマが爆発し、不可抗力で第2次安倍政権が誕生した。7月の参院選も野党が勝手に転んでくれた不戦勝のようなものだった。そして東京五輪招致決定である。
経済効果は100兆円を超え、15万人の雇用を生むとも試算される。来年4月からの消費税率の8%への引き上げ決定の判断にも強い追い風になった。
「第1次安倍内閣が短命に終わったのは厄(やく)落としだった」。東京五輪決定に際しキッコーマンの茂木友三郎(もぎ・ゆうざぶろう)名誉会長はそう語ったが、首相は再登板後、これといった失敗もなく、ここまで来た。
1次政権での蹉跌(さてつ)が良薬になっているのは間違いないが、今の政治状況が首相をアシストしている点は見逃せない。野党に力はなく、自民党内に自身を脅かす敵もなし。「ねじれ」が解消した国会は自民党1強のうえ、党内も安倍首相の独り勝ちで「ダブル1強時代」の様相だ。「五輪を決めた首相」の政権基盤はさらに強固となった。首相周辺はささやく。
「再来年9月の自民党総裁選で再選され、政権は5年続く。さらに党規約を改定して総裁任期を延長し、7年後の東京五輪を安倍政権で迎えてもいい」
東京五輪開催時、首相は65歳。「黄金の7年」を手にし、7年8カ月間政権を担った大叔父、佐藤栄作元首相(1901~75年)を超えることもあり得る話だ。
憲法改正はじめ自身が宿願とする政治課題に急いで取りかかる必要もない。首相周辺は「改憲は3年後の参院選と衆院選を経て両院で3分の2の改憲勢力を確保してからでもいい」と余裕綽々(しゃくしゃく)だ。
むろん、そうは問屋が卸さない。最大のアキレス腱(けん)は東京電力福島第1原発の放射能汚染水漏れ問題だろう。首相は、IOC総会で「状況はコントロールされている」と世界に向けて安全宣言したが、安全を担保するものはない。7年かけて軟着陸させられるのかも不透明だ。安倍政権はその覚悟を負ったわけだが、日本の対応が世界の監視下に置かれたことになる。東日本大震災の被災地復興も着実に進めなければ「復興五輪」の名が泣くばかりだ。
五輪決定で祝賀ムード一色となった9月8日、自民党幹部を驚愕させる“事件”が起きていた。茨城県議補選筑西市選挙区(定数1)で、自民党推薦候補が「反TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)」「反消費税増税」を掲げる共産党候補に敗れたのだ。茨城という保守地盤での自民の敗北は、局地的だが政権批判がくすぶっている現実を浮き彫りにした。
「安倍政権はシャンパンタワーだ」と自民党幹部は言う。輝きを放きつつも、グラスが一つ倒れるとガタガタと崩れる危険性をはらんでいるということだ。
東京五輪までに参院選は2度、衆院選も少なくとも1度ある。「数」にかまけて暴走すれば国民から鉄槌(てっつい)を下され、それこそ運の尽きだろう。(高木桂一/SANKEI EXPRESS)