農水史に残るJA幹部の勘違い発言に小泉進次郎氏がぶち切れ 会合で公開説教

 
自民党の小泉進次郎農林部会長(左から2人目)はJA全農の神出元一専務(右)と農業改革の方向性で一致したはずだったが…=9月5日、東京都千代田区(西村利也撮影)

 「正直、本当にショックを受けた。そこまで農協マインドは根深いのかと…」

 9月30日の自民党本部。本紙記者の問いかけに、農業協同組合(JA)の構造改革を進める自民党の小泉進次郎農林部会長は、ため息交じりに今の心情を吐露した。落胆させたのは、あるJAグループ幹部の言葉だ。「あれは間違いなく、日本の農水史に残る発言だった」。小泉氏をそこまで思い悩ませる発言の深層とは-。

「手数料は切れない」

 農家の所得向上に向け、小泉氏が掲げる重要テーマは、農機や農薬などの農業生産資材価格の引き下げだ。そのためには、資材流通をほぼ独占する全国農業協同組合連合会(JA全農)の構造改革が必要と明言し、全農を「改革の本丸」と位置づけてきた。

 問題の発言が出たのは9月29日。この日は、自民党本部で農業改革に関する会合が開かれ、JAグループのトップである全国農業協同組合中央会(JA全中)や全農などの幹部、農業者から、資材価格引き下げに関するヒアリングが行われていた。議論が白熱したのは、農家が農産物を出荷する際などにJAに支払う“手数料”について言及されたときのことだ。

 「何が1円でも生産者の手取りを増やすだ。それならJAが取る手数料を値下げすべきではないか」。農事組合法人「さんぶ野菜ネットワーク」の下山久信事務局長の怒号が響き渡った。緊張に包まれる会場。下山氏は続けざまに「野菜を全農の青果センターに出荷すると手数料が8.5%取られ、それに全農県本部から1%取られ、計9.5%も取られる。これは手数料の二重取りだ」と詳細な手書きの資料まで提示し、JA幹部をにらみつけた。

 思わぬ口撃に一瞬たじろぐも、JA側も黙っていない。下山氏の意見に対し、全農の神出元一専務は「手数料は(JAの)従業員や家族を養う財源で、簡単に切るのは賛成できない」と反論。「まず(業界や規制などの)構造をどう変えていくか、きちんとした土俵の中で議論をしたい」と強調し、手数料の議論を避けようと躍起になった。

「全農の認識は問題だ」

 だが、この神出氏の発言に強い不快感を示したのが小泉氏だった。会の終盤にあいさつを求められると、「先ほどの神出さんの言葉に、手数料で食っているのがJAグループという意識があるなら、それは問題だ」と名指しで批判。議員や農水省幹部、マスコミなど100人以上が詰めかけた会場で、神出氏への公開説教が繰り広げられた。最後には「農家が食べていけるから農協職員も食べていけるという認識で改革に取り組んでほしい」と苦言を呈し、締めくくった。

 気持ちが高ぶったのか、小泉氏は会合後も、報道陣の前で神出氏の発言を非難。「手数料があるから農協職員が食べていけるというなら、農家は農協職員を食わせるために、農業をやっているのかということになる」と指摘し、「農家があるから農協があると、心から思っていることを、なかなか農協から聞けない」と不満をぶちまけた。

全農・中野会長を集中批判

 小泉氏と全農の不和を生むきっかけとなったのは、7月22日にJAグループ首脳らが行った共同記者会見だ。会見はJAグループが自己改革に取り組む姿勢をアピールする場となるはずだったが、全農の中野吉實会長は「今までも良い形で運営してきた。2年先も3年先も同じかもしれない」と“現状維持で十分”とも受け取れるような主張を展開。改革に前向きな奥野長衛会長体制下の全中と全農との改革をめぐる温度差が浮き彫りになった。

 この態度に小泉氏は即座に反応。同月26日に小泉氏が中野氏の地元である佐賀市内の農家を視察した際には、「中野会長の考えを知ろうと佐賀に来たが、残念ながら(改革の)考え方に開きがある」と、はっきり物言う“進次郎節”で全農批判を繰り広げた。

 改革に後ろ向きな中野氏、それを批判する小泉氏の対立構図は多くのマスコミに取り上げられた。発信力の強い小泉氏のメディア戦略もあってか、中野氏は「改革に後ろ向き」との印象が広く植え付けられることになる。

 それを感じてか、中野氏は同月29日、「『全農は改革に消極的』とのご指摘や一部報道がありましたが、もちろん全農は改革に積極的に取り組んでいる。言葉足らずだったこともあり、皆様に誤解を与えてしまったと反省している」と、異例の謝罪コメントを発表し、火消しに奔走し始めた。

 それでも小泉氏の怒りは収まらない。8月25日の講演会では、「(7月22日のJAの会見で)ビックリしたのは、JA再編の必要性を真っ向から否定された中野会長(と他のJA幹部との対立)という構図で、JAグループも中でご苦労されている」と痛烈に皮肉り、中野氏のグループ内での孤立感を際立たせた。

崩れる神出氏との信頼感

 その後、すっかり意気消沈した中野氏は表舞台から影を潜め、自民党の部会や小泉氏との懇談は神出氏が対応するようになった。

 9月6日に再開した自民党の農業改革に向けた会合では、「生産者の事業方式を全農がくみきれなかったことに反省がある」と述べた神出氏の発言を小泉氏は評価。「(神出氏の発言は)農業の構造を動かしていく歯車が回り始めた証左だと思う」と述べ、政府・与党と全農が「改革認識を共有できた」と胸を張った。小泉氏と神出氏とは定期的に懇談を繰り返し、与党と全農の改革協調路線に向け小泉氏も手応えを感じていたようだ。

 それだけに、「手数料は切れない」とする神出氏の発言に小泉氏は激怒。「今までの反省を述べながら変わろうという誠意を持った人だったから、あの言葉には本当にがっかりした」と悔しさをにじませた。

 「農協改革がなぜ必要かは、あの(神出氏の)言葉に象徴されている。農協職員からあの言葉が完全にぬぐい去られない限り、農協改革は終わらない」。決意を新たにする小泉氏。11月に与党がとりまとめる農業改革の具体案では、全農の構造改革にどこまで踏み込めるか。小泉氏の本気度が問われている。(西村利也)