文章が一つもない
犬を題材にした作品、活躍する作品は、小説のみならず数多くあり、枚挙にいとまがありません。私自身、好きな作品もいっぱいあります。
その中で、とりわけ印象深いのは、捨てられて愛情を失った犬が、あてどなく放浪してゆくさまを描いた『アンジュール』です。
これは絵本のカテゴリーになるのでしょうか。でも、普通の絵本とは少し違います。文章が一つもないのです。擬音もありません。ページにはラフスケッチのようなタッチの、モノクロの絵があるのみです。
この『アンジュール』という作品は、中型犬サイズの犬(猟犬っぽい、スマートで均整のとれた犬です)が、無慈悲に車から捨てられるところから始まります。犬は突然のことに驚きつつ、懸命にご主人様が運転する車を追いますが、無情にも車は走り去ってしまいます。
最初の捨て犬シーンの、まるでゴミでも投げ捨てるような「ぽいっ」という感じ、自分を捨てた飼い主をそれでも慕い、車を追いかける犬の必死さ、一人ぼっちになってしまったと悟り、走るのをやめてとぼとぼと歩きだす哀れさと諦めが、ラフなタッチの線の端々から滲み出ていて、犬好きな方なら、まずここで胸を絞られること請け合いでしょう。絵本の中に入っていけるものなら、最初のページで車から愛犬を捨てた飼い主に、頭突きの一つもかましてやりたいところです。