【世界川物語】
午後9時半、オレンジ色に変わった太陽がようやく山の稜線に沈もうとしていた。冬にはオーロラが輝くカナダ北西部ユーコン準州だが、夏は日が長い。上流域でも幅が約5キロもあるユーコン川の水面は静まり返り、先住民デニス・スミス(65)がボートをこぐ音だけが響く。
「浮きが沈んでいる。掛かってるぞ」。スミスが数時間前に仕掛けた網をたぐると、体長80センチほどのサケが暴れた。日本ではマスノスケとも呼ばれるキングサーモンだ。産卵期を迎えた体が美しい紅色に染まっている。ただこの日、網に掛かったのは1匹だけだった。
回復の兆し見えず
「若いころには、一度に10匹以上掛かることも珍しくなかった」。スミスが肩を落とす。ユーコン川流域の先住民は近年、キングサーモンの深刻な不漁に直面している。原因は分からない。
ユーコン川流域の先住民は、19世紀ごろから欧州の人々が毛皮の採取や入植のためにやって来るよりもはるか以前からサケを利用してきた。
ユーコン川に生息するサケは主に4種類。上流域では、体が大きく脂が乗ったキングサーモンが多い。薫製にして保存、一面が深い雪に覆われる冬の貴重なタンパク源となり、カリブーの肉などと交換もする。