「緊急連絡、緊急連絡。近くに山賊が現れました。車窓を見張ってください」
緊急事態が発生したわりには、のんびりと笑いを含んだ声で車内アナウンスが流れた。窓の外を見るようにあれほど何度も言っているというのに、首尾よくカメラを向けたのは満席の乗客のなかで私くらい。ぷしゅぷしゅと開けられる缶ビールやらカクテルやら(いずれも別料金)で、すっかりご機嫌になった彼らはほとんどが車窓を見逃して大騒ぎだ。
「ついに山賊が列車を乗っ取りました。貴重品を盗られないように、各自“目立つところ”に隠してください。たとえば腕時計のベルトの下やソックスの中がよいでしょう」。引き続き車内放送で指令がくだされる。つまりこれ、壮大な演出の「チップをください」というプロモーションなのだ。「手を上げろ!」と「ラグジュアリー・パーラー・クラス」になだれ込んで来たふたり組の強盗は、よく見るとグランドキャニオンの展望ポイント「サウスリム」駅で乗客の整理・案内にあたっていたカウボーイ達なのだが、そこは乗客もわきまえたもの。「命だけは救ってくれ~」と懇願したり、「妻を渡すから自分だけは助かりたい」と奥さんの後ろに逃げ込んだりノリがいいったらない。こういうところ、日本人にはなかなかついていけないような……。