周囲の反応を過度に気にする葉太の心は、作家になってからの自身の葛藤とも重なる。取材などでしゃべった言葉が活字となり、イメージばかりが独り歩きする。自分が「正しい」と思っていることと実際に取る行動の落差にも苦しんだ。物語の中で、葉太はモノやお金を失ったことがきっかけとなり、次第に解放感や自分が生きているとの実感をつかんでいく。主人公に寄り添い、同じ景色を見る執筆作業を通して「私自身がすごく楽になった」と明かす。「結局苦しかったのは、どちらかの自分が正しくてもう一方はダメ、と決めていたから。どっちも本気でどっちも自分。だから両方愛せばいいんや、って。気持ちが変わるだけでこんなに世界って変わるんや、っていうのを書きたかったんです」
第1回河合隼雄物語賞を受賞した昨年の話題作『ふくわらい』のようなひたむきな主人公とはひと味もふた味も違う屈折した人物を描くが、悲しみも喜びも楽しさも「同じ温度で書く」という創作姿勢は変わらない。旅行ガイド『地球の歩き方』の記述を随所に挟む構成もその一つ。