香港MTR・軽鐵(ライトレール)(1)香港で見つけたもうひとつの“路面電車”
江藤詩文の世界鉄道旅香港へはこれまで何度となく訪れているけれど「新界(ニューテリトリー)」と呼ばれる地域には、これまで足を伸ばしたことはなかった。なぜって香港では食べるべき、見るべき、買うべきものごとが多すぎて、ヴィクトリアハーバーを挟んで九龍半島と香港島を行き来するだけで、いっぱいいっぱいになるのが常だからだ。
ところがここ最近、香港の料理人たちから立て続けに「新界」の名を耳にした。いわく、香港では経済発展に伴って食料のほぼすべてを輸入に依存するようになり、農業はすっかり衰退してしまっていた。ところが、安全で品質のよい食品を求める(つまり大陸から入ってくる食品が不安ということですね)動きとともに、郊外で土地にゆとりのある新界で農家が復活した。また、新界の開発が進むにつれ高層マンションの建設ラッシュが起こり、中心地で働く人のベッドタウンとして意識の高い人たちが暮らすようになった。そんな時代に敏感な住民のニーズに合わせて、最近では高品質な自然栽培の米や有機野菜を手がける進歩的な農家が増えているそうだ。新界の繁華街である「元朗(ユンロン)」には、話題のレストランやここでしか買えないお菓子などがあるという。
さらに私の背中を押したのが、このひと言。「新界には、香港島のトラムのように、地元の人の足として活躍している路面電車がありますよ」。これはもう行くしかない。
ライトレールの乗車券を購入するために、窓口へと足早に向かう。「目的地はどちらですか」と女性係員が優しく微笑んだ。新界には観光地があまりなく、行き先によってはバスを利用したほうが早いこともあるので、スマホでベストルートを調べてくれると言うのだ。ち、違うんですよ。バスがどんなに便利でも、私はライトレールに乗りたいの。特に目的地はありません。「…で、でしたら乗り放題の乗車券がございますが」。あ、いま明らかに引きましたよね…。
それでも彼女は気丈に笑顔を保ち、スマホ画面を見せながらこう言った。「初めて行かれるのでしたら、こちらの『MTRモバイルアプリ』をダウンロードされると、路線図が表示され迷われないかと思います。駅構内のホットスポットでネットに無料で接続していただけます」。最後まで親切な彼女に、私はとても言えなかった。「Wi-Fiルーターを持ち歩いているから、もうとっくに接続している」なんて。
■取材協力:香港政府観光局
■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。ブログはこちら
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