失意のどん底に落とされた下町側に救いの手を差しのべたのがジャマイカだ。今年1月、長野市で下町のそりを試走したジャスミン・フェンレイター選手は「振動が非常に少なく、スムーズなコーナリングができる。ボブスレーの未来を感じる」と評価した。
ジャマイカチームも苦難の道を歩んできた。1988年のカルガリー五輪から5大会連続出場を果たしたが、2006年のトリノ、10年のバンクーバーは資金難で出場をあきらめた。
國廣委員長は「今まで多くの方々が平昌への道を築いてくれた。メダルを取ることで恩返ししたい」と語った。
ともに苦杯をなめた下町ボブスレーとジャマイカのチーム。平昌に向け、人とそりとが一体となった戦いが始まっている。