“パケット寄付”格安スマホの優しさ 困ったときは「お互いさま」

 
格安スマホ「mineo(マイネオ)」のフリータンク機能のイメージ図。利用者は、コミュニティーサイト上で余ったパケットを貯めて融通しあえる

 震度7の揺れが2度も起きた熊本地震の被災地で、情報収集や安否確認に欠かせない存在になったのがここ数年で急速に普及したスマートフォン(スマホ)だった。ただ、動画視聴やインターネットの長時間利用によって、データを送受信する「パケット」料金がかさみ、使用量制限を超えてしまう弱点もあった。それを補うかのように、格安スマホ利用者同士でパケットを“寄付”するという新たな被災地支援が「前震」翌日から動き出し、わずか3日間で1千件以上の善意のパケットが贈られていた。(石川有紀)

 「ラジオ聞けた」

 熊本地震の前震が起きた翌日の4月15日。この日から、関西電力系通信会社のケイ・オプティコムが運営する格安スマホ「mineo(マイネオ)」の利用者向けコミュニティーサイト「マイネ王」に、ふだんは月末にパケットが足りなくなった人に貯めておくパケットが全国から寄せられた。

 「余震が多く、安否確認や情報交換のメールやLINEをかなり利用しています」「避難先ではパケット制限が気になる。移動中でもラジオを聞けて大変ありがたい」…。寄付されたパケットを利用した被災者から感謝の声がサイトに続々と上がった。

 熊本地震では、避難所生活や車中生活を余儀なくされた被災者は最大20万人に上った。家屋が倒壊した人だけでなく、余震が不安で避難した人も多かった。

 避難所では、通信会社が提供した充電ステーションにつないだスマホを握りしめてニュースに見入る被災者、スマホを枕元に置いて友人と常時メールをやりとりする人たちの姿が見られた。

 内閣府の消費動向調査によると、平成27年度のスマホの世帯あたり普及率は前年度比6・8ポイント増の67・4%。新たなインフラとしてスマホは災害時でも存在感を増す。熊本地震では、急速に普及したスマートフォンと、無料通信アプリ、LINE(ライン)やフェイスブックなどのSNSが電話の代替機能を果たした。

 発生直後に決断

 マイネオの利用者間でのパケット寄付のシステムは、「フリータンク」として昨年12月にスタート。タンクの中に貯金をするように、利用者が月ごとに使い切れなかったパケットを入れ、パケット利用量が多い月には引き出して使う利用者全体で支え合う仕組みだ。

 「地震の被害が大きそうだ。何かできることはないか」

 熊本地震の「前震」が起きた4月14日夜、ケイ・オプティコム経営本部で、マイネオ事業を運営する酒井将弘さん(32)は、地震発生を伝えるニュースを見ながらフリータンクによる被災者支援を思いついた。

 通常、パケットの引き出しは毎月21日~月末に限定しているが、パケットを被災者が使えるよう開放する案を、上司の高橋裕樹さん(38)に提案。高橋さんは、翌15日朝の会議で担当役員の承諾を得て、フリータンクのパケット引き出しを同日昼に前倒しして開放した。

 フリータンク機能を使うためのコミュニティーサイトの登録情報からは、居住地域など被災者かどうか特定することはできない。それでも、被災直後に必要とされる通信機能を迅速に支援しようと、全国の利用者にフリータンク引き出しを開放した。サイト上には被災地への支援や励ましの言葉が並び、パケットの寄付に「心強い」と励まされる人もいた。

 その結果、15日~17日の3日間にパケットを入れた件数は1101件で前月同期間と比べて約3・5倍に上った。また、4割が初めてこの機能を使うなど多くの利用者がパケットを寄付したようだ。

 異例の仕組み

 大手携帯会社では、月ごとに使い切れなかったパケットを家族間で共有する仕組みがほとんどで、利用者全体でパケットを分け合うのは異例だ。

 ケイ・オプティコム社内では当初、「引き出す人ばかりで、すぐタンクが空になるのでは」とフリータンク機能に反対する意見もあった。引き出しには月1ギガバイトまでの制限を付けたが、同社では1ギガバイトの約半分の500メガバイトから契約できるプランもあり、契約者がより安いプランに切り替える懸念もあった。

 それでも高橋さんは「コミュニティーサイトでパケットをやりとりすることで利用者同士の交流も生まれる。パケットを利用者に還元することも重要」と社内で合意に至ったと話す。

 同社は昨年12月、1テラバイトを入れてフリータンク機能をスタートさせた。4月末までに利用者が入れたのは累計42・9テラバイト、引き出しは同27・7テラバイト。被災地支援で急遽(きゅうきょ)開放した後も、空っぽになることなく、順調に“貯金”され、「お互いさま」精神で利用者の交流が生まれている。