“賭け”に踏み切ったサントリー ビーム社買収の「英断」
サントリーホールディングス(HD)が160億ドル(約1兆6500億円)を投じ、バーボンウイスキー世界最大手の米ビーム社を傘下に加える。日本企業による海外買収では、日本たばこ産業の英ギャラハー(2兆2000億円)、ソフトバンクの米スプリント(1兆8000億円)に次ぐ巨額投資だ。蒸留酒売上高で世界10位だったサントリーは、一気に同3位へと躍り出る。国内の酒類市場が縮小する中、成長の原動力を海外市場に求め、負けられない“賭け”に踏み切った。
世界市場へ照準
「付加価値の高いハードリカーは、利益も大きい。もっと酒類事業をグローバル化せなあかん」
平成25年2月13日、大阪市内で開いたサントリーの決算会見。M&A戦略について答える佐治信忠社長の脳裏には、前年末から業界でささやかれていたビーム社の身売り話があった。
「蒸留酒の需要は世界中で伸びており、国産ウイスキーには大きな可能性がある」というのが佐治社長の持論だ。国際コンテストでも評価が高い「響」や「山崎」など、自社のウイスキーを各国で売り込むために、世界的メーカーが持つ強力な販路を欲していた。
寡占化が進む蒸留酒ブランドの買収機会は極めて少ない。24年に「ジムビーム」の国内販売権を得て、ビーム社との結びつきを強めたサントリーは、昨夏から買収への動きを加速した。金融緩和の追い風もあり主要取引行の三菱東京UFJ銀行も買収資金の融資に前向きだった。
11月上旬、佐治社長は市場視察の名目で来日したビーム社のマット・シャトック最高経営責任者(CEO)を東京・台場のサントリー社屋に迎え、食事をともにした。手応えを得た佐治社長は特命チームに本格的な買収交渉を指示した。
「ビーム社と(買収)契約の締結に至り、大変うれしく思います」
佐治社長が喜びのコメントを発表したのは、それからわずか2カ月後の1月13日だった。
双方の思惑合致
サントリーは昨年のウイスキー海外販売量を前年比25%増の18万ケースと大幅に伸ばしたものの、数千万ケースの規模を持つ海外勢との差は大きい。ビーム社はインドやロシア、ブラジルなどの新興国にも販売網を持ち、サントリーブランドを各国に浸透する上で相乗効果が期待できる。
一方のビーム社は、バーボン世界首位のジムビームをはじめコニャックやテキーラなどの有力ブランドを持ち、蒸留酒売上高は71億ドル(2012年、小売りベース)で世界4位にある。
しかし、「ジョニー・ウォーカー」で知られる世界首位の英ディアジオ(318億ドル)や、「シーバス・リーガル」を販売する仏ペルノ・リカール(187億ドル)との差は大きい。飲料や食品などを合わせて170億ドルを超えるサントリーグループ全体の売上高は、規模に勝る上位勢との対抗に不可欠だった。
シャトックCEOは「販売網拡大と商品開発力の強化で競争優位を築くことができる」と規模の拡大に期待を寄せた。
花道へ最後の賭け
「人生は賭けや。やってみなはれ」
昭和37年、サントリーのビール事業再参入を決断した当時の佐治敬三社長に対し、創業者の鳥井信治郎会長はこう発破をかけたという。それから半世紀余り。ビーム社買収という“賭け”に出た佐治信忠社長は、「世界でも類を見ない強力なポートフォリオ(組み合わせ)を持つ蒸留酒事業」に今後の成長を託す。
英調査会社IWSRによると世界の蒸留酒市場の規模は2012年に1711億ドル(約17兆5000億円)と2年連続で6%伸び、今後も新興国の所得水準向上などに伴って拡大が見込まれる。ビーム社買収に成功したサントリーは、目標に掲げてきたグループ売上高2兆円、海外比率25%を達成する見通しで、成長の軸足を世界市場へと移す。
ただ、巨額の買収費用は経営に重くのしかかる。今回の買収で、有利子負債は1兆4000億円に膨らむ見込み。ムーディーズ・ジャパンや日本格付研究所(JCR)が、サントリーHDの格付け引き上げに動いており、新たな大型買収は当面難しい状況だ。
佐治社長は昨年の決算会見で「1~2年以内の引退」を示唆しており、ビーム社買収を花道にトップ交代もささやかれる。今回の買収が「英断」となるかは、狙い通りの相乗効果を上げ、収益率を高められるかにかかっている。(山沢義徳)
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