ところで廣瀬さんが作品を制作するミラノのアトリエは元倉庫を改造した空間だ。その内部に、もう一つの家とも呼ぶべきスタジオを自らの手で構造体から作っている。鉄の骨組みで二階部分に部屋を載せ、そこに書庫や事務仕事ができるスペースがある。ベッドもある。シャワーボックスやトイレあるいはキッチンまで自作だ。
実は、10年くらい前の「住めるアート作品」である。完成直後にぼくはこの部屋に泊まったが、ベッドのなかで「アートとは何か?」を考えながら眠りについた。ギャラリーのなかで寝ているような気分だった。
廣瀬さんは20年以上前から香りを作品に取り入れることに熱心で、レモンやカレー粉を床に敷き詰めたインスタレーションもある。その時は、五感の一つの要素としての嗅覚への注目と理解していた。しかし、10年を経過して夜中の真っ暗な時間の「住めるアート作品」を体験することで、作品を頭で理解するのはコンセプトの言語化を指しているのではないと思い至った(よく耳にするセリフ「アートは頭で理解するものではない。言葉は不要だ」は如何に的外れか!)。
「イタリアは生活する、生きるとは何かを徹底して考えさせてくれる国なのですよね」と家を自作した彼が語る言葉は、ぼく自身が同じような時間をイタリアで過ごしてきて似たようなことを思うのと、どこか違うだろう。
その彼の語りが2020年4月10日から前橋市立美術館「アーツ前橋」で味わえる。世界各地の展覧会に参加してきたが、日本の美術館での個展は20年ぶりである。分かりやすいアイコンをつくることを拒否し、軽やかであることを選んできた廣瀬さんが、自らの思想の遍歴を披露する。
ぼく自身もそれらの作品群をみて、また「なるほど」と思うに違いない。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。