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後ろめたさ感じる 「事件」の目撃者に 「ヴァロットン-冷たい炎の画家」

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後ろめたさ感じる 「事件」の目撃者に 「ヴァロットン-冷たい炎の画家」

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「貞節なシュザンヌ」1922年_ローザンヌ州立美術館。Photo:J.-C._Ducret,Musee_cantonal_des_Beaux-Arts,Lausanne  【アートクルーズ】

 日本ではあまり知られていなかった19世紀末~20世紀初頭の画家フェリックス・ヴァロットン(1865~1925年)の回顧展が、国内では初めて、6月14日から三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内)で開かれる。作品に表れている批判性や疎外感。現代にも通じる感性や画風が、100年の時を超えて再評価されている。

 真っ黒な自分

 「貞節なシュザンヌ」を見てほしい。ソファに座った男2人と女性が、何やらひそひそ話をしている。女性のなまめかしい目つきや男たちのはげた頭の光沢がリアルだ。題名をそのままうのみにする読者はほとんどいないだろう。

 「赤い絨毯(じゅうたん)に横たわる裸婦」は、女性の美しい背中を描いたヌード。には違いないが、女性の顔だけがこちらを向き、じっとまなざしを投げかける。読者が男性なら、「え、誘惑してるの?」、女性なら「いやらしい!」。そんな気持ちになっても不思議はない。

 版画「お金(アンティミテV)」はもっと意味深長だ。画面の3分の2以上が真っ黒に塗りつぶされている。左端では男性が女性に言い寄っている。浮気の現場なのか、それとも…。右側に広がる暗闇の中には何者かが隠れているのか。はたまた、読者が隠れるべき暗闇なのか。

 ヴァロットンが自分の家庭を描いた「赤い服を着た後姿の女性がいる室内」と「夕食、ランプの光」は、もっと不思議な絵だ。

 「赤い服-」では、連なる4つの部屋が開け放たれているが、シーツや衣類がだらしなくベッドやソファからこぼれている。後ろ姿の赤い服の女性はヴァロットン夫人(ガブリエル)だというが、何か大変な事件やトラブルが起きて、茫然(ぼうぜん)自失のまま立ちすくむ女性にもみえてくる。

 「夕食-」は一見、家庭だんらんを描いた絵だ。だが、中心部に黒々と描かれた男性らしき人物がヴァロットン自身。真ん前に座った幼い娘にも笑顔はなく、夕食はまったく楽しそうに見えない。家庭内での疎外感は、黒い人物像同様、心にぽっかりと空いた穴のようだ。

 読者はお気づきだろうか。いつの間にか自分が“目撃者”に仕立て上げられていることに。読者の心には、見てはならないものを好奇の目で見てしまったような「後ろめたさ」が芽生えていないだろうか。

 それだけでは終わらず、読者が見たものは、一歩間違えば自分にいつでも降りかかってくる身近な“事件”でもあることにも気づく。性の誘惑、浮気現場、家庭内での疎外感…。まるで現代の映画や、テレビのサスペンスドラマのワンシーンを見るようだ。

 静けさと冷たさ

 こうした現代性とは裏腹に、画法はあくまでも古典的だ。19世紀の新古典主義派の画家アングルに影響を受けたというだけに、画面には静けさと冷たさがただよう。

 ヴァロットンは、スイスのローザンヌ生まれ。スイスで大学まで進んだ後、パリに出て、30歳ぐらいからは、ゴーギャンの流れをくみ独特な色使いで知られる「ナビ派」に属した。しかし、ヴァロットン自身は実験的な絵を繰り返し描き、ナビ派の中では「異邦人」(いまでいう宇宙人?)と呼ばれるほど、ナビ派主流の画家ドニやセリュジエらとは画風を異にした。美術史上でもいまだに評価の定まらないところがある。

 一時は、無政府主義にも傾倒した。ところが、画商の娘で、3人の連れ子のある裕福な未亡人ガブリエルと結婚。暮らしは安定し、スイスにはパトロンもできたが、家庭での愛情にはあまり恵まれなかった。どこにも安住できないヴァロットンの“引き裂かれた人生”は、どこか現代人にもオーバーラップする。

 浮世絵に影響

 ヴァロットンは、ジャポニスム(日本趣味)、とくに浮世絵に大きな影響を受けた画家でもある。浮世絵の収集家でもあり、黒の部分が多い木版画の手法は、明らかに浮世絵の影響だ。

 絵画だけでなく、三菱一号館美術館が収蔵しているヴァロットンの版画187点のうち約60点をまとめて展示するのも初めて。

 ヴァロットン展は、昨年(2013年)10月から今月(6月)にかけて、パリのグラン・パレとオランダのアムステルダムのゴッホ美術館(常設展と併設)でも開かれ、合わせて約82万人を集めた。

 日本初の回顧展の見どころについて、三菱一号館美術館の杉山菜穂子学芸員は「ヴァロットンの現代性をみてほしい。現代に通じる視点や、社会の裏側や偽善に対する告発…。裏側がすけて見える描き方にひそかに共感してほしい」と話した。

 【ガイド】

 ■「ヴァロットン-冷たい炎の画家」 6月14日~9月23日まで三菱一号館美術館(東京都千代田区丸の内2の6の2)。一般1600円。問い合わせはハローダイヤル03・5777・8600。

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