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奴隷制度は自由化されただけさ スティーブ・マックイーン監督 映画「それでも夜は明ける」

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奴隷制度は自由化されただけさ スティーブ・マックイーン監督 映画「それでも夜は明ける」

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「自分が有色人種であることが自分の仕事に対して何らかの影響を与えていると思う」というスティーブ・マックイーン監督=2014年2月11日、米カリフォルニア州ロサンゼルス(C)Kaori_Suzuki  彼のインタビューを視聴したり、文章で読んだりすると、よく遭遇するのが“サブジマイズ”という不可解な英単語だ。なまりが強いのかどうかはよく分からないが、まったくキャッチできない宇宙人の言葉のようだった。言葉の主は、「それでも夜は明ける」で先の米アカデミー賞作品賞などを受賞した英国の映画監督、スティーブ・マックイーン(44)。通訳たちに聞いてみると、マックイーン監督は主題を意味する「Subject Matter」(サブジェクトマター)をこう発音するのだそうだ。

 欲深さや業を表現

 この“サブジマイズ”からおのずと紡ぎ出されていく物語をしっかりと書き留めつつ、例えばハッピーエンドといった予定調和のひな型をぶち壊していくのが、マックイーン監督の真骨頂。いずれの監督作品でも、人間の恥部、欲深さ、業を、思わず目を背けたくなるほどむき出しに表現してきた。そのインパクトは、1月のニューヨーク映画批評協会賞の授賞式で、本作で監督賞を手にしたマックイーン監督のスピーチ中に、映像表現に嫌悪感を抱いた協会員のジャーナリストが激しいヤジを浴びせたほどだ。

 「拷問ポルノ」とまでののしられた、そんな作品の舞台は、1841年のニューヨーク。家族と幸せな日々を送っていたバイオリン奏者、ソロモン・ノーサップ(キウェテル・イジョフォー)はある日突然、何者かに誘拐され、奴隷として売り飛ばされる。ソロモンの前に待ち受けていたのは、白人たちによる激しい虐待、強制労働、差別…。ソロモンは再び家族に会うために約12年間を耐え忍び…。

 急いで作りたかった

 なぜこの映画を今撮ったのだろう。アカデミー賞の発表が迫った2月11日、米ロサンゼルスでSANKEI EXPRESSの取材に応じたマックイーン監督は、「今、作りたいと思ったね。間違いなくそうだよ。それも急いで作りたかった。この映画を作らねばならないという切迫感があったんだ。すでに興行収入は1億ドルを超えているんだよ。クレイジーだよ」とかわし、変化球を投げ返してきた。ビジュアルを通して人間が隠し持つ暗部に鋭く切り込んできたマックイーン監督だけに、かつて奴隷制度の“うまみ”を享受してきた米国や故郷・英国に今でも巣くう黒人への差別意識を敏感に感じ取っていたということなのだろう。

 実際、この1年間を駆け足で振り返っただけでも、リー・ダニエルズ監督(54)の「大統領の執事の涙」(公開中)、ライアン・クーグラー監督(27)の「フルートベール駅で」(3月21日公開)といった、白人から不当な扱いを受けた黒人たちの悲しみや怒りを描いた作品が世界の映画祭で話題となっている。マックイーン監督は幼少時を過ごした英国で差別に苦しんだ経験があったことを明かし、「僕が学校に通っているころ、そういう時があったと思うよ。イエスです。でも今はない。でも…。別の質問に移ろう」とのためらいがちな様子から、複雑な思いが透けて見えた。

 観客を困難な状況に

 作品の語り口はといえば、2時間14分をかけてソロモンという黒人の苦難の歴史を時系列でたどっていくというお行儀のいいものではない。マックイーン監督は、社会正義といったものが、いかに薄っぺらで、時代によって解釈が一変してしまうものかを突きつけた。具体的には、撮りためた映像素材の編集では「作品の冒頭から観客たちを困難な状況に置きたかったから、いきなり観客を奴隷制度の中にほうり込むようにしたんだ」と振り返った。

 作品の舞台に選んだ米国が標榜する自由と民主主義の価値観についてはどんな思いを抱いているのだろう。マックイーン監督は、英国のアラン・パーカー監督(70)が「愛と哀しみの旅路」(1990年、米国)の中で、米国で強制収容所に入れられた日系人を描いたことに言及し、「信じられないが、実際に起きたことだ。ソロモンの話も実際に起きた。グリム兄弟のおとぎ話みたいなもので、とてもダークなものだよ。奴隷制度は廃止されたわけではないんだよ。ただ、自由化されただけさ。現在も2100万人の人々が奴隷状態に置かれ、その人数は160年近く前のソロモンが生きた時代よりも多いんだ」。3月7日からTOHOシネマズみゆき座ほか全国順次公開。(高橋天地(たかくに)/SANKEI EXPRESS

 ■Steve McQueen 1969年10月9日、ロンドン生まれ。大学を卒業後、彫刻家、写真家として活躍。その作品は世界中の美術館に所蔵。2002年に大英定刻勲章4位、11年には3位を授与される。また、大学在学中から短編の白黒サイレント映画を作り始め、脚本も手がけた08年の長編デビュー作「Hunger」はカンヌ国際映画祭カメラドールを受賞。第2作の11年「SHAME-シェイム-」はベネチア国際映画祭男優賞に輝いた。

 ※映画紹介写真にアプリ【かざすンAR】をインストールしたスマホをかざすと、関連する動画を視聴できます(本日の内容は6日間有効です<2014年3月12日まで>)。アプリは「App Store」「Google Playストア」からダウンロードできます(無料)。サポートサイトはhttp://sankei.jp/cl/KazasunAR

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