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判断力働かなくなり、母と兄を密告 独ドキュメンタリー映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」
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脱北者のシン・ドンヒョクさん=2014年1月27日、東京都中央区(寺河内美奈撮影) □脱北者、シン・ドンヒョクさんインタビュー
北朝鮮の政治犯収容所で生まれ育った男性が施設内の非人道的な実態を詳細に語り、アニメーションでもリアルに再現したのが、ドイツのドキュメンタリー映画「北朝鮮強制収容所に生まれて」(マルク・ヴィーゼ監督)だ。彼の名はシン・ドンヒョク(31)。22歳のときに政治犯収容所を脱出し中国経由で韓国へ逃れるまで、収容所の外の世界をまったく知らずに過ごした。「いつの日か、政治犯収容所も、独裁政治もない、自由な国家に生まれ変わった故郷の北朝鮮に帰り、大好きな山で静かに暮らしたい」。そんな願いを込め、講演活動で世界を飛び回り、政治家たちに政治犯収容所の非人道性を訴え、廃止への働きかけを続けてきた。
政治犯収容所で暮らす両親を持つシンは、生まれながらに政治犯とされ、平壌の北80キロにある「14号管理所」と呼ばれる施設で22年間を過ごした。そこでは子供たちは6歳になると、大人の政治犯と同様に労働を強いられ、看守の気分次第で殴る蹴るの暴行を受けたり、反抗的な態度をとれば拷問すら受ける。食事も粗末なものばかりで、施設内に4万人いるとも言われる政治犯たちは餓えにも苦しんでいる。
シンのほか、実際に政治犯の殺害や拷問に及んだ収容所の元管理者たちも登場し、本作はかつて「地上の楽園」と喧伝(けんでん)された北朝鮮の正体を内部からつまびらかにしていく。
作中でシンは、収容所からの脱出を計画していた母と兄の情報を看守たちに密告した結果、2人が公開処刑されたことを明かした。自分の肉親や兄弟に対し、なぜそんな仕打ちができるのか? シンは収容所内での親子関係の希薄さを真っ先に挙げ、「子供たちは幼い頃から親兄弟と暮らさないから、愛情が育まれません。自分の(血縁上の)『父親』というだけの存在でしかないのです」と答えた。独裁者への絶対服従を強要され、従わなければ容赦なく殺される。「長年、そんな教育を強いられれば、正常な判断力は働かなくなり、母と兄を密告するのが当たり前と思うようになってしまうのです」。シンは2人の公開処刑に立ち会っても特別な感情は抱かなかったそうだ。
今、韓国で暮らすシンは、自由を享受し、資本主義の世の中を知り、友達もたくさんできた。穏やかな日常生活は、北朝鮮のイデオローグと化した固く冷たいシンの心を少しずつ氷解していく。もし母親と兄と話せるならば、シンは今の素直な気持ちを伝えたい。「私は想像力を奪われた結果、私を産んでくれた母と、私と血を分けた兄に対して、人として絶対にしてはいけない、償いようのない罪を犯してしまいました。私は何度でも2人に土下座して謝罪したい」。3月1日から東京・渋谷ユーロスペースほかで全国順次公開。(文:高橋天地(たかくに)/撮影:寺河内美奈/SANKEI EXPRESS)