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情報は国民のもの 遮断が招く不幸 渡辺武達
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この2週間ばかり、日本のマスメディアはどこも「特定秘密保護法」案の国会審議をめぐる記事が断トツの扱いだった。しかも、12月9日には、この法律への対処をめぐってみんなの党の分裂まで飛び出し、安倍晋三政権への支持率にも各種調査で大幅な変化が起きた。
共同通信社が(12月)8、9両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、特定秘密保護法を今後どうすればよいかについて、次の通常国会以降に「修正する」との回答が54.1%、「廃止する」が28.2%で、合わせて82.3%に達した。「このまま施行する」との答えはわずか9.4%。安倍内閣の支持率も47.6%と、前回11月調査より10.3ポイントも急落し、昨年12月の内閣発足以来、初めて50%を割ったという。
この法律への賛否には簡単に結論が出せない部分がある。とりわけ、その実施の具体的内容について不確定要素が多すぎるためだ。だが、要諦はグローバル化した世界で国家が国民を守り抜くためにどのような情報管理が必要かという一点に尽きる。
生まれたての赤ちゃんは母親に対して秘密などないが、物心がつけば、誰にでも秘密ができる。それらの秘密を互いに尊重することで、快適な生活をおくることができる。利害が対立する国家間でも同じであり、諜報活動によって少し複雑になるだけだ。
問題は、何が秘密とされるべき情報なのか、指定基準が明確になっていて、その情報を後世の人たちが知ることを保障され、誤りがあれば正し、より賢明な社会運営に生かしていける仕組みの設計が必要だということである。
米国では「UNCLASSIFIED(秘密指定解除)」とのスタンプが押された膨大な文書が、ワシントン郊外のメリーランドにある「NARA(国立公文書館)」などで公開され、外国人も閲覧できる。そのことが、米国政治のある意味での強さになっている。
日本でも秘密指定文書が42万件もあることを政府が認めている。数だけでは日本のそれは米国よりはるかに少ないが、今回の法案審議で森雅子担当大臣が特定秘密の事例として挙げた沖縄返還時の軍用土地協定交渉などは、すでに米国で公開されており、日本の指定解除による情報公開レベルは米国に劣る。
だから、米国で公開された情報が当事国の日本では確認できないという、国際的に失笑を招く状況となる。その結果、政治家と秘密指定権限を持つ官僚に対して、国民がシニカルとなり、「合理的無知(あきらめによる無関心)」に陥るという悪循環を招いていることが怖い。情報は国民のものであり、しっかりと情報を提供された賢い国民の存在が、民主制を維持するうえで不可欠だ。
官僚が独善的かつ恣意(しい)的に指定した秘密にジャーナリストが近づこうとすれば、両者ともに罰せられる可能性さえあるから、官僚の関わる案件の調査報道は極端に困難になる。国政を担う国会議員も、国会議論の資料として必要な指定秘密に近づきにくくなる。
情報が遮断されるとどうなるのか。その最悪例が北朝鮮である。国民が飢えているのに平壌の幹部だけがぜいたくの限りを尽くしている。立法・行政・司法の三権の執行権限が労働党トップ金正恩(キム・ジョンウン)第1書記に集中し、その意に沿わなければ、ナンバー2の張成沢(チャン・ソンテク)国防副委員長の失脚が示すように、裁判抜きで葬られる恐怖社会となる。中国は北朝鮮ほどひどくはないが、国民には中央政府の政治家を選挙で直接選ぶ権利はなく、メディアも政府・共産党の「拡声器」にならざるを得ない。
一方、米国でも個人の秘密がNSA(国家安全保障局)によってひそかに収集・監視されているが、NSAの元職員、エドワード・スノーデン容疑者によって暴露され、国民がそれを知ることができた。
日本の安倍政権は衆参両院で圧倒的多数を占めているため、秘密保護法の国会審議や公聴会で国民意見が完全に無視された。しかも、私たち国民は、そうしたいい加減さを追及することが容易ではない。
今をときめく自民党の石破(いしば)茂幹事長は、毎日新聞の2006年9月23日付鳥取地方版に掲載されたインタビューで、こんな発言をしている。
「自民党内の若い議員を見ても、怖い。(中略)なぜ戦争を始め、途中で止められず、負けたのか。(中略)国は戦中、言論統制により新聞など批判勢力を排除し、従わなければ〈非国民〉と斬り捨てた。なぜ同じことを繰り返すのか」
現在の政権も同じことを繰り返そうとしているようにみえる。(同志社大学社会学部教授 渡辺武達(わたなべ・たけさと)/SANKEI EXPRESS)