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【円游庵の「道具」たち】「時代を超える」ことの難しさ 丸若裕俊
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時代を超えて愛されるのは、とても難しいことです。「もの」自体の問題ではありません。この200年間で世界の生活習慣や人々の思考が劇的に変化をしてしまったからです。
例えば、現代でも日本の食卓で使い続けられてるご飯茶碗。その多くが見た目は原型をとどめていたとしても、時代によってその素材は変化しています。もちろんこれらは一概に悪いことではなく、良い点もあります。ここで再認識したいのは、“時代を超える”ことの難しさなのです。
今回ご紹介する柴田慶信商店(秋田県)の「曲げわっぱ」は、時代を超え今なお人々に愛され続けています。曲げわっぱも、時代が進むにつれプラスティック製のものやウレタン樹脂を塗装したものなどが主流になってきましたが、柴田慶信商店は本来の曲げわっぱのよさをいかすため、きめが細かく木とした成熟した樹齢約200年の天然秋田杉のみを使用しています。
お弁当という文化が定着している日本では、素材も機能も多種多様のお弁当箱があります。そんな中、なぜ曲げわっぱは、ほとんど形や素材を変えることなく、愛され続けているのでしょうか。そこには、決して懐古主義ではない理由があります。
私自身も5年ほど前から曲げわっぱを使っていますが、ご飯をとてもおいしくいただけるのです。曲げわっぱの機能をひとことでいえば、「ご飯を冷ましながらおいしくする」こと。必要以上の水分を取ってコメの呼吸をととのえ、歯ごたえとコシを与えてくれます。スギの香りも食欲をそそります。また、スギには殺菌効果もありますから、ご飯が傷みにくく常温で一昼夜も痛まず持つほどです。
最初は見た目の美しさから使い始めたのですが、曲げわっぱのおかげで毎日の食生活が豊かになり、改めて伝統技術の奥深さを知りました。
また、柴田慶信商店の曲げわっぱで注目して欲しいのは、フタの微妙なアールや、ウロコのような模様の「とめ」の部分。機能だけでなく美しさをも探究するがゆえの一手間がみてとれます。
2012年から2年連続で、私は柴田慶信商店の柴田慶信さんと息子の昌正さんと一緒に、曲げわっぱの「巡業」のためパリを訪れました。海外へと展開していく中で、生のユーザーの声を知りたいという思いからです。巡業では、展示だけでなく、実際に曲げわっぱを使った食事会を開くなどして、現地の人々の反応を調査してきました。最もパリの人々を惹きつけたのは、曲げわっぱの持つ「美しさ」、そして何百年もの間使い続けられているという「歴史」であり曲げわっぱそのものの魅力を再認識することができた旅でした。
この「巡業」で学んだのはそれだけではありません。柴田さんは70代、昌正さんは30代。2つの世代の父と息子が一つ屋根の下で暮らし、仕事をし、共に旅をする。違う世代同士が1つのものを作り出すために、真正面から向き合っているのです。1人の人間の美意識にとどまるのではなく、別々の世代がそれぞれによいと思えるものを作っている。そのことが、伝統を受け継ぐ上で大切なことであり、いくつもの時代にわたって愛されるものを生み出すことができる要因なのではないでしょうか。(談話:「丸若屋」代表 丸若裕俊/SANKEI EXPRESS)
≪きょう(12月6日)から銀座で展覧会≫
12月6日(金)~15日(日)、銀座・和光本館6階和光ホールにて、丸若屋が企画/意匠監修として携わる展覧会『伝統を更新する「承」』が開催される。
更新される伝統。確かな伝統技法と、枠にはまらない自由な感性で、それぞれの分野の未来を担うアーティストと共に、伝統を未来につなぐアルチザンをご紹介。最前線を取り組む彼らの「心と技」を、気負うことなく日常の中で身近に感じていただきたい。
銀座のランドマークともいえる和光での展示には、磁器、切り絵等をベースとした作家の作品を始め、指物、染織、木彫といった伝統の〝今〟が集結。確かな技術を受け継ぎつつ、モダンに表現される作品の数々が、リアルタイムで伝統を更新し続ける大きなパワーを伝えてくれる。(SANKEI EXPRESS)