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円安・株高誘導も…遠い輸出増加

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円安・株高誘導も…遠い輸出増加

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 【国際政治経済学入門】

 1年前、衆院選に向け勢いに乗る自民党の総裁だった安倍晋三首相が、脱デフレのための大胆な金融緩和への転換を日銀に強く求めた。「アベノミクス」の事実上の始まりである。安倍政権発足後の4月4日、黒田東彦(はるひこ)日銀新総裁は2%のインフレ目標達成に向け、日銀資金供給残高(マネタリーベース、MB)を2年間で2倍に増やす「異次元緩和」に踏み切った。以来、日本はお札の刷り増しで欧米とのせめぎ合いを演じている。円というおカネは今後どうなるだろうか。

 欧米、通貨戦争を警戒

 いきなりだが、グラフを見てほしい。昨年11月を「100」とした円、ドル、ユーロのMBと、ドルとユーロに対する円相場の推移を、この11月まで追っている。円のMBはその間に50%以上増えた。米連邦準備制度理事会(FRB)は日銀よりスピードは少し落ちるが、ドルのMBを4割近く増やしている。対照的に、欧州中央銀行(ECB)はユーロのMBを27%減らした。

 通貨の交換レートをみると、円はドルに対して20%弱、ユーロに対して23%それぞれ下落した。「通貨の交換レートはそれぞれの通貨のMBの発行規模に左右される」という著名投資家、ジョージ・ソロス氏の卓見通りである。中央銀行がお札をより多く刷ると、自国通貨相場を安い方向に誘導できるのだから、欧米などには、日本がアベノミクスで「通貨戦争」を仕掛けているとの警戒論が根強い。

 しかし、2008年9月のリーマン・ショック当時と現在を比較すると、FRBはMBを4倍以上に増やし、日銀の2.1倍をはるかにしのぐ。その点、ECBは35%増とささやかに見えるが、12年7月には08年9月比で2倍弱までMBを増やし、日銀の40%増を圧倒。ユーロは1ユーロ=95円台まで下がった。現在の140円前後の水準とは隔世の感がある。通貨安政策は欧米が日本に先行したわけで、遅れて量的緩和する日本が非難される言われはない。

 ユーロ圏は、インフレを警戒するドイツなど「北」と、デフレ圧力に悩む「南」に分かれている。ギリシャはデフレ不況に陥っているし、イタリア、スペインなど他の南欧もデフレ懸念が強まっている。ECBは、一体的な通貨発行政策を打ち出せないでいる。

 他方、FRBでは失業率の改善など景気回復に力強さが出てくれば、緩和縮小論が再浮上しよう。しかし、イエレン次期FRB議長は量的緩和政策を当分続ける方向のようだ。

 変わらぬ海外生産策

 日銀は来年4月の消費税率引き上げ後に景気が急下降すれば、異次元緩和策をさらに強化する方向だ。日本と欧米の各中央銀行のお札発行政策の違いを勘案すると、ユーロに対して円はまだまだ下がりやすい。対ドル相場は、日銀がFRBを上回る速度でお札を発行する基調を続けるので、なだらかな円安基調も変わらないだろう。

 気になるのは、円安で日本の実体経済がどこまで浮上できるかだ。円安は株高を誘うし、国際展開している大企業の収益を一挙にかさ上げする。一方で、原材料の仕入れコストは上昇し、中小企業はそれを販売価格に転嫁できずに苦しんでいる。

 円安による輸出てこ入れ効果がほとんど出ていないのも気になる。貿易を量で見ると、輸出は東日本大震災後、一貫して下がり続けている。輸入量は10年初めから増加基調にあり、アベノミクス開始後は伸びが止まったものの、横ばい状態にある。

 リーマン後、さらに東日本大震災後の超円高局面で、日本企業は海外生産拠点を増強し、そこからの部品・完成品の輸入を増やしている。日本企業は超円高に適応するために、それまでの日本からの輸出主導型から日本への輸入主導型へとビジネスモデルを切り替えた。その超円高が多少是正されたところで、企業の海外生産重視の投資策は依然、変わらない。

 お札を刷って円安に誘導すれば、確かに株価は上がるが、日本の生産や雇用増進をもたらす輸出の増加はいまだに実現していないのが実情だ。(産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS

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