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海外の目を気にして自滅政策

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海外の目を気にして自滅政策

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 【国際政治経済学入門】

 経済政策の鉄則は、国際的な動向ではなく、自国の雇用改善など国内経済を最重視することである。各国が自国にとって最適な金融や財政政策をとれば、世界経済全体の安定につながるというのが国際政治経済学の知見というものである。ところが、日本の場合、外部の目ばかり気にして国内政策の判断を迫る官僚や学者ら専門家が後を絶たない。今月(10月)初めに安倍晋三首相が消費税増税を決めた背景がそうだ。

 国際経済学の伊藤元重東大教授が日経新聞9月4日付朝刊の「経済教室」で展開した「国債金利暴騰リスク」論もそのたぐいである。日本国債の90数%は国内貯蓄が原資で、金融機関が国債をその運用先にしている。銀行や生命保険会社が、大量に保有する日本国債を一斉に売って国債を暴落(国債金利は暴落)させ、自らの手で自らの首を絞めることはあり得ない。

 あるとすれば、ニューヨークやロンドンに巣くう投資ファンドなど外国の投機家である。かれらは、日本株ばかりでなく日本国債を活発に売り買いしており、売買シェアは国内の投資家や金融機関を圧倒している。このため、外国人投資家の目をしきりに気にする風潮が国内に広がる。

 財務官僚、学者は消費税増税について、来年4月に予定通りに実施しないと、投資家が日本国債を暴落させ、不安は株式市場に波及し、株価も暴落すると執拗(しつよう)なまでに論じてきた。ここで言う投資家とは国債の投機売りを仕掛ける海外の投資ファンドであることは、売買動向から見て明らかである。従って、「国債金利暴騰リスク」説は、海外の投機家がそう仕掛ける恐れがあるという判断が根底にある。麻生太郎財務相にいたっては、財務官僚のブリーフィングに従って、早くから消費税増税は「国際公約に近い」と言い立ててきたのも海外投資家の判断に神経質になってきたからだ。

 日経の伊藤論文掲載の翌日、黒田東彦(はるひこ)日銀総裁は、国債暴落があれば、日銀の手ではどうにもならなくなると言い出した。「異次元の金融緩和」政策によって日銀がいくら国債を買い上げようとも、国債相場の下落を止められなくなると言うので、増税に慎重だった安倍首相も追い込まれた。

 安倍首相は外国投資家の目に脅える国内の一部勢力に騒ぎ立てられる中で、その声を無視できず、消費税増税という国内政策を決断したのである。

 筆者の見解では、そもそも日本政府の純債務は国内総生産(GDP)比では97%で、米国の95%と大差ない。9割以上を保有する日本の金融機関は外国勢が投げ売りを仕掛けても、自己の資産価値を損なう行為に同調するはずがないので、国債相場が暴落する可能性はない。米国債の場合は、3分の1を海外の投資家が保有しており、投機に極めて弱い。日本国債よりも、米国債の暴落リスクの方がはるかに高いはずなのに、日本の専門家は自虐的に日本国債は弱い、暴落すると騒ぎ立てるのである。

 国際評価は日本売り

 そんな負け犬根性が政策を誤らせるのだが、百歩譲って、増税すれば国債金利は下がるか安定し、株価は上昇基調を続けるだろうか。外国投資家の日本市場を見る目はより好意的になり、アベノミクスがこれで順調に推移すると判断するだろうか。

 実は、逆である。

 伊藤教授と同じく、財務省寄りだが、国際金融市場で豊富な人脈を持つと筆者が評価してきた某有力エコノミストに最近会ったら、彼はすっかり青ざめていた。「消費増税決定後、ニューヨークやロンドン市場を本拠にする投資家たちと意見交換した。かれらは何と、日本は緊縮財政に傾いていると判断し、日本株売りを考慮し始めた。意外だ」と打ち明ける。このエコノミストは、消費税増税をすれば、日本政府の財政再建への決意が国際的に認められると信じてきたのだが、国際評価は「日本売り」であることが分かり、がく然としたのである。

 「外部の日本を見る目」には本来、実体はない。とりわけ、海外の投資家の声というのは、「ポジション・トーク」と称され、売買利益を追求するために有利な情報を意図的に流し、相場を上げ下げさせようとたくらむ。消費増税が日本の景気を下降させ、税収を減らして財政再建を困難にすることは、1997年度の「橋本増税」後の15年デフレでもはっきりしているのに、財務省は増税批判に対抗するために、海外投資家のポジション・トークを国内の学者やエコノミスト、メディアにそのまま流してきた。

 そして、海外投資家は増税後一転して、「日本にはデフレ圧力がかかる」と、ポジションを常識論に戻して、これまで買い付けてきた日本国債や日本株を売って売買益を確定するタイミングを計っている。さらに、「安倍政権は規制緩和で相当思い切った手を打たないと、成長できない」と新たな注文を付け、安倍首相がそうできないとなると、「ほら日本はだめだ」というポジション・トークを始める。

 要するに、海外ばかりを気にする日本の政治家や学者、エコノミスト、メディアと、国益を無視し自省にとって都合のよい海外情報を意図的に利用する官僚が、日本を自滅させる政策を生み出すのである。消費税増税はその典型例と言っていい。(産経新聞特別記者・編集委員 田村秀男/SANKEI EXPRESS

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