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風に吹かれて、青空古書店 フランス セーヌ川

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風に吹かれて、青空古書店 フランス セーヌ川

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フランス・首都パリ市街  【世界川物語】

 「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる」

 米国の文豪アーネスト・ヘミングウェーは、20代の数年間を過ごしたパリの魅力をこう語っている。(「移動祝祭日」高見浩訳、新潮文庫)

 パリはそれほど魅惑に満ちた都市だ。エッフェル塔、凱旋門、シャンゼリゼ…。名所を挙げればきりがない。だが、この町を語るとき、絶対に欠かせない場所がある。

 セーヌ川だ。

 遊覧船からの景観

 晴れた秋の日、アルマ橋そばの桟橋から、セーヌ川遊覧船バトー・ムーシュに乗り込んだ。

 船は2階建て。オープンエアの2階から、席が埋まっていく。中国人の団体客、ドイツ人の学生、「結婚20年目の“ハネムーン”に来た」と笑うノルウェー人カップル。世界各国からの観光客でいっぱいだ。船内の案内放送は、フランス語、英語をはじめ8カ国語。もちろん日本語もある。

 約1時間のクルーズ。川を囲む建物の景観に圧倒された。ブルボン宮、オルセー美術館、ルーブル美術館、ノートルダム寺院、そしてエッフェル塔。セーヌ川が、パリのど真ん中を東西に貫通し、都市がその流れに沿って発展してきたことが実感できる。在住の友人の言葉を借りれば、パリはまさに「初めにセーヌありき」の町なのだ。

 両岸にブキニスト

 セーヌ川に浮かぶシテ島。紀元前3世紀、この島の集落からパリの歴史は始まったといわれる。ノートルダム寺院や裁判所などが立ち並び、観光客でにぎわう島を挟む川の両岸に、世界中でここしか見られない珍しい光景が広がっている。

 「ブキニスト」と呼ばれる小さな青空古書店が並ぶ古本市だ。大きなトランクやリサイクルボックスのように見える木やブリキで出来た深緑色の箱が、両岸の道の低い石塀に約3キロの長さで、連なっている。箱のふたを開けて組み立てるだけで、たちまち青空本屋がお目見えする。

 この古本市は、17世紀以前にさかのぼる古い歴史を持ち、現在はユネスコの世界遺産「セーヌ河岸」の一部に指定され、パリ市が管理。許可を受けた約240人が営業している。

 「20年前この店を開いた。読書は好きだったが、別にブキニストになりたかったわけじゃない」

 ベルナール・テラード(62)は、高級レストラン「ラ・トゥール・ダルジャン」近くの河岸で、ミステリーなどの古書を専門に扱っている。南フランスのモンペリエで生まれ、各地を転々とし「風に吹かれているうちに、この仕事に就いた」。ミステリー小説が大好きで「日本の西村(京太郎)や江戸川(乱歩)も愛読しているよ」と言う。

 場所代は無料。週4日以上開店という以外、さほど縛りはない。好きな時間に仕事を始め、日が暮れる前に店じまい。川風に吹かれ、いすに座って読書しながら客を待つ。はた目からは、優雅な商売に見えるのだが…。

 ネットは使わない

 「本が売れない時代だからね。ひどいときは、一日の終わりにポケットに10ユーロ(約1300円)しかないときがある。でも、本が好きな人と出会うのが楽しいから、続けているのかな。この仕事は、本が無くなろうとする流れにレジスタンスしているようなものだよ」。テラードは話す。

 古書や文化的に価値がある古美術品などを扱うのが許可条件なのに、土産物を並べるブキニストも現れ、パリ市との攻防戦も始まっている。

 そんな中で「料理の本の専門店はここだけ。日本からもわざわざお客が来る」と胸を張るのがアラン・ユシェ(52)だ。

 18歳で故郷のナントからパリに出て、料理人として働きながら、古い料理の本やメニューを集め、40歳でブキニストを始めた。あだ名はコンフィチュール(ジャム)。所蔵本のカタログを作り、外国からも注文を受けるユシェは、ブキニストの新世代にも思える。

 だが、ネットでの注文方法を聞くと、即座に「ノン」。「インターネットは嫌いだし、使わない」。ユシェもやはりどこか時代遅れの男だった。

 パリにいる間、毎日10キロ以上歩いた。1920年代にヘミングウェーが住んだカルティエラタンのアパートを訪ね、セーヌ川まで坂道を下った。

 「河岸に並ぶ露天の古本屋では、刊行されたばかりのアメリカの本がかなり安い値段で売られているのをときどき見かけた」(「移動祝祭日」)

 1世紀近い時が流れても、変わらない風景があり、昔ながらの生き方を続ける人々がいる。それが、パリという都市が、人々を引きつけてやまぬ秘密なのだろう。(敬称略、共同/SANKEI EXPRESS

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