創業者はストーリーテラーであれ
では来店者の記憶に残り続ける体験は何によってつくられるのか。個人店が有利なのは、創業者や経営者自身が店舗に立つことで顧客に直接熱量を伝えられる点にある。創業者自身がストーリーテラーとなり、そこでしかできない体験をつくり上げることで、顧客にとって「忘れられない体験」が積み重なっていくのだ。
SNSが発達したいま、オーナーの発信内容への共感からブランドや店舗のファンになるケースも増えている。日々のSNS上でのコミュニケーションを通して、その人のつくるものやセレクトしたものを信頼して買うという購買行動が生まれはじめているのだ。こうした動きもまた、創業者自身が直接顧客に熱量を伝えられるようになったことによって起きた変化である。
店舗であれSNSであれ顧客に直接情熱を伝えることこそが、顧客体験を作るための出発点となりつつあるのだ。一方で、組織が大きくなるほど、個人の情熱がダイレクトに顧客に届きにくくなっていく。スティーブンス氏は言う。
「たとえ組織が大きくなっても創業者の情熱やストーリーを伝え、立ち上げたときの情熱を皆が忘れないようにすることが重要です。規模の大小に関わらず、理想的な体験は常にたった1人の情熱から始まるのです。店舗にとってこれからより大事になってくるのは、Inventory(在庫)よりInspiration(インスピレーション)なのです」
無印銀座店が「食」に注力するワケ
<キーワード2>人のエネルギー Human Energy 人は人がいるところに集まりたい
とはいえ、店舗側の情熱だけでいい店舗はつくれない。思い出に残る体験は、顧客が参加者となり、場の活気を生むことによって生まれるものだからだ。今回の来日で、スティーブンス氏は4月にオープンした無印良品銀座店を訪れた。そのときに何度も口にしていたのが「人のエネルギー」という言葉である。彼の言う「エネルギー」とは来客数の多さだけではなく、店舗に流れる空気やコミュニケーションの活発さを指している。
「スマートフォンの登場によっていつでも人と繋がることができる時代になったにも関わらず、現代人の最大の悩みは“孤独”です。店舗は単なる買い物の場所ではなく、人と人とのコミュニケーションを活発にさせる役割が必要とされているのです。これからの店舗がもっと目を向けるべきはCommerce(販売)よりもCommunity(コミュニティ)やConnection(つながり)です」
無印良品銀座店におけるHuman Energyの鍵は「食」にある。初の試みとなる生鮮食品の取り扱いや紅茶のブレンドコーナーをはじめ、他店舗に比べて売場における食料品の比率を高めている。食はコミュニケーションの中心であり、顧客が何度も足を運ぶきっかけになりやすいという理由からだ。食が生み出すコミュニケーションは店舗内に留まらない。「誰かと食べる」という行為を通して友人や家族との間にコミュニケーションを生み出し、現代の課題である孤独を解消するきっかけになる。この「孤独の解消」こそが、食の持つポテンシャルであるとスティーブンス氏は語った。
無印良品銀座店では食以外にも各フロアにオーダーメイドの窓口やイベントスペースを設置するなど、コミュニケーションを重視した顧客接点も増やしている。何でもオンラインで購入できる時代だからこそ、人は活気やコミュニケーションを求めて店舗を訪れるのだ。