「愛国」に縛られる中国指導部のジレンマ スマホで強くなった市民の意思

 
講演するエズラ・ボーゲル・ハーバード大名誉教授。ベストセラー「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の著者としても知られる=7月28日、大阪市北区、大阪大学中之島センター

 知日派で中国の最高指導者だった●(=登におおざと)小平研究の第一人者でもある米ハーバード大のエズラ・ボーゲル名誉教授が、大阪市北区の大阪大学中之島センターで講演し、鼓舞したナショナリズムに縛られる中国指導部のジレンマを語った。指導部は冷静な外交の必要性を理解しつつも「愛国」を統治手段とする矛盾を抱えているという。星野俊也・大阪大副学長も講演し「拡張主義の理解には国民を見る必要がある」と述べた。

 講演会は7月28日、「アジアの安定と発展の方向-日米関係の役割」(大阪国際フォーラムなど主催)と題し、識者討議とあわせて行われた。

 日本を見返す立場を得た中国

 ボーゲル氏はベストセラーになった「ジャパン・アズ・ナンバーワン」(1979年)の著者として日本でよく知られる一方、中国については「●(=登におおざと)小平」(2011年)を著した。改革開放路線を主導した●(=登におおざと)小平を通して中国を描いた大著は、中国語にも翻訳されベストセラーになった。

 講演でボーゲル氏は、近年の中国指導部の強硬姿勢について「秘密的でわかりにくいところもあるが理解はできる」と述べ歴史から説き起こした。

 ボーゲル氏によると、19世紀半ば以降、日本が近代化を成功させて中国を追い越していくなかで、多くの中国人が不満を抱いた。しかし近年の急成長によってようやく、見返すことができる立場を得たという。このため、「われわれは強い」との自尊心の表出を願う国民感情が形成されたという。

 こうした感情は、政策によって人為的につくり出された部分もある。それが愛国教育だという。

 「天安門事件のあと中国の指導者たちは、不満が自分たちに向かうことを恐れ、心配した。そのため愛国教育に頼った」

 民主党政権の不手際

 格好の標的になったのが日本だった。「非常にうまい宣伝だった。第二次大戦中の日中の戦いを扱ったテレビドラマなどが次々とつくられ、日本に対する国民感情は悪くなった」

 愛国教育への依存度を強める習近平国家主席について、●(=登におおざと)小平と全く違う背景にも触れた。フランス留学に加え北京での政治経験が豊富で軍にもにらみが利いた●(=登におおざと)小平に比べ、習氏は長く地方でキャリアを積んだ。

 「●(=登におおざと)小平は、外交をうまく運ぶためには文化も含め相手の深い理解が必要だとわかっていた。北京でのキャリアが少ない習氏の場合、国内向けに力を示すためにも、ポーズを取らなければいけないこともある」

 不満をそらし求心力を高める国内向けの政策は、結果として政権を縛る。

 「中国の指導者は外国との協力が必要であることをわかってはいる。習氏もやりすぎたと理解しつつあるようにも見えるが、(弛めるのは)立場上、難しい」

 一方、近年、日中間の大きな軋轢(あつれき)となっている尖閣諸島をめぐっては、民主党政権時代の不手際も大きいと指摘した。中国漁船衝突事件の船長拘束や尖閣諸島国有化で、「中国側の怒りを十分理解していなかった。政権と外務省の間のコミュニケーション不足が原因だ」と述べた。

 個人に力与えたスマホ

 続いて演壇に立った星野氏は、国家と国民の関係という広い視点から「強権的な国家に抑圧される国民という従来の見方は通用しなくなってきている」と、古典的な発想からの転換を促した。「国家は強そうに見えて実はそうでもない。人々の意識を無視できなくなっている」と言う。

 星野氏は、リビアやエジプトなどで独裁的な指導者が追われた中東の民主化運動「アラブの春」を例に、「自己主張や不満を表明する個人の力が非常に強くなった」と指摘。力を与えた最大の要因が「スマートフォンだ」と強調した。

 新しいテクノロジーによる変化は、インターネットの情報で広場に人々が集まり、体制を転覆させる抵抗運動にまで発展したことに象徴されるという。中東諸国に比べ強固にみえる中国についても、「強くなった市民」の意思を注意深く観察する必要があるとした。

 「国内において市民が政治指導者をどう見ているかが重要になった。それを理解しなくては、なぜ強硬姿勢を取るのかといった国の行動は理解できない」

 無極状態に向かう

 星野氏はさらに、中国が南シナ海での領有権主張を全否定された仲裁裁判所の裁定を無視していることに関連し、「第二次大戦後の国連メカニズムが70年を経て根本的に揺らぎ始めている」と述べた。メカニズムを構築した国連安全保障理事会の常任理事国そのものが内向き、自己中心的になり、秩序を破壊する力が働いているという。

 「仲裁裁の裁定を受け入れられないとなると、国際社会の約束とは何なのかということになる」

 中国のみならずウクライナ南部のクリミア半島を併合したロシア、さらに米国にも内向きな行動は見られると指摘。「米ソ二極対立から米国一強を経て多極、さらには無極状態に向かいつつある」と解説した。

 星野氏はその上で、国家間の対立を乗り越える「スマート・バランシング」という考え方を提示した。

 軍事的な均衡に偏りがちなハードなパワーバランスだけではなく、非軍事的な手段や、国際制度などソフトを使った抑止力も加味するという考えだ。日中関係についても政治、軍事、歴史など対立しやすい面だけではなく貿易、観光、留学なども含めた「多面的、多角的な視点でつきあっていくことが大事だ」と訴えた。

 ■エズラ・ボーゲル氏 1930年生まれ。ハーバード大社会関係学科で博士号。同大で教授、東アジア研究所長などを歴任。

 ■星野俊也氏 1959年生まれ。国連日本政府代表部公使参事官、大阪大大学院国際公共政策研究科教授などを経て同大理事・副学長。