被災地、観光業復興へ正念場 訪日客回帰も風評被害などが重荷
東日本大震災の発生から11日、丸5年を迎える。沿岸部を中心に一時落ち込んだ被災地の観光需要は、回復の兆しを見せている。新たな地域資源発掘に加え、欧州などからの訪日外国人客も回帰。観光客数は震災前の水準に近づいた。一方で、原状回復の遅れや風評被害が集客伸び悩みの要因ともなっており、被災地が政府の掲げる「観光立国」で一翼を担えるか正念場となっている。
「グルメ路線」が奏功
日本三景の一つとして知られる宮城県の松島。バスから降りたツアー客を出迎えたのは、冬の味覚・カキの食べ放題だ。殻付きが山盛りで運び込まれ、テーブルからは「こんなに食べたのは初めて」などと、うれしい悲鳴が上がる。企画した阪急交通社によると、ツアー参加者は前年比2倍で設定日はいずれもほぼ満席という。
震災直後、年間150万人以上も観光客数が落ち込んだ松島だが、従前から手掛けたカキ料理や高級ランチめぐりなどの「グルメ路線」が奏功。景観の被害が少なかったことも幸いし、息を吹き返した。国宝の瑞巌寺も4月に本堂の拝観が再開される予定で、東京から夫婦で来た男性(65)は「人も施設も新しくなり活気が戻った」と話す。
2016年度以降、政府は20年までの5年間を「復興・創生期間」とし、支援態勢をこれまでの生活再建に加え、自立に向けた産業振興にも軸足を置く。牽引(けんいん)役として期待がかかるのが農林水産業への波及効果も高い観光産業だ。
15年の被災3県(岩手、宮城、福島)のホテルや旅館への宿泊者数は前年比2.2%増の延べ約2193万人となり、震災前の10年実績を上回る。風評で足が遠のいた訪日客も前年比約1.4倍で10年水準の達成も目前。復興庁は「今年を東北観光復興元年として、さらなる上積みを図る」と意気込む。
だが、インバウンド特需に沸く首都圏や関西と比べ、被災地の需要回復の伸びは緩慢だ。
宿泊者数の内訳も復興需要の寄与が大きい。観光客がメーンの宿泊施設に限れば被災3県の宿泊者数は10年の8割強。「入札不調などで施設やインフラ復旧が大幅に遅れている」(東北の観光協会)ケースが少なくないほか、風評で中国や韓国から客足が遠のいている。先月も韓国・ソウル市内で開催予定だった東北の物産イベントが開催日当日に中止が決まった。
復興が進むにつれ、東北の観光産業が抱える構造的な課題も見えてきた。
「素材は多いが商品がない」。東洋大の島川崇准教授(国際観光学)は東北の観光地をこう評する。豊富な食材や手つかずの自然に恵まれながら、観光客向けの仕立てでなく、観光客1人当たりの旅行単価は国内最低。主要空港の路線数の少なさも重なって認知度も低迷している。日本政策投資銀行の調査では「行ってみたい観光地」に「東北」を挙げたアジア8地域の外国人は2.6%にとどまる。
政府は16年度の観光関連の復興予算を前年の10倍に拡充するほか、地域の魅力づくりを後押しする。だが、2月の有識者会議で示された各県の戦略はばらばらで、会議では「もっと連携できないのか」などと苦言が呈された。
廃校を宿泊施設に
こうした中、東北ならではの「素材」を生かした取り組みも始まる。
宮城県石巻市雄勝町。廃校となった旧桑浜小学校に昨夏、子供たちの歓声が響いた。豊かな里山や海を舞台に自然な暮らしを体験する宿泊施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」。子供が自炊し、魚釣りや野菜収穫、間伐材の伐採などを体験しながら約1週間を過ごす。滞在中は親とは会わず、全国から集まった仲間たちで話し合い、1日の過ごし方を決める。
中心的役割を担うのは、東京で職業体験型テーマパーク「キッザニア」を手掛けた油井元太郎氏。キッザニア時代から雄勝とかかわり、被災した子供たち向けの学習支援などを企画していた折、旧桑浜小の存在を耳にした。「廃校が宿泊施設に使えるなら雄勝は海と川と森が全て近い里山テーマパークになる」(油井氏)と直感。地元漁師などの協力も得て昨年7月の開業にこぎつけた
視察要望相次ぐコンパクトシティー
宮城県石巻市雄勝町の体験型施設「MORIUMIUS(モリウミアス)」では昨年夏、初年度ながらも口コミで情報が広がり、約350人の子供たちが雄勝でひと時を過ごした。新年度からは家族宿泊プランも拡充する。中心的役割を担う油井元太郎氏は「自分にとっての日常を、非日常と感じる人がいる。そこに出会いが生まれる」と語る。
津波で8割の建物が被災した宮城県女川町は、「復旧」ではなく一からの「再生」を目指す。JR女川駅から海岸へ続く通りの一角を町有地とし、商店を集約したテナント商業施設「シーパルピア女川」を昨年12月23日にオープンさせた。
東京近郊のアウトレットモールを思わせる目抜き通りは、周辺地域から若者が訪れる休日のデートスポットへと変貌。町の2月末人口は震災後はじめて、前月からの減少が止まった。
「女川で何ができ、女川から何ができるかだ」。運営する「女川みらい創造」の近江弘一専務が思い描くのは、仙台からの鉄道終着点という立地を生かし、杜の都と三陸沿岸部を結ぶ観光拠点としてのにぎわいだ。
一新した街並みは、人口減少対策に通じるコンパクトシティーの実践例として、最近では国や全国の自治体から視察要望が絶えない。同町は「われわれが『被災地』と呼ばれる期間はわずか。単なる自治体の一つに戻ってもにぎわいの続いていく街を後世に残したい」(産業振興課)と先を見据えている。(佐久間修志)
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