中国増長の犯人は? 日米は英国の「変節」を責められない
社説で経済を読む□産経新聞客員論説委員・五十嵐徹
10月下旬、初めて英国を公式訪問した中国の習近平国家主席に対し、異例のもてなしをしたキャメロン英政権に、欧米の同盟諸国から強い懸念の声が上がっている。
首脳会談で7兆円規模の巨額商談をまとめる一方、人権抑圧への苦言などは封印した英首相に対し、米紙ウォールストリート・ジャーナルは、習氏の訪英初日の19日付社説で「中国へのすり寄りに高まる批判」と指摘。歴史ある同盟国の「変節」に強い不快感を示した。
ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)が25日付で掲載した風刺漫画は、さらに辛辣(しんらつ)だ。
漫画では、習氏とおぼしき恰幅(かっぷく)のいい人物が、箱いっぱいの餌を抱え、尻尾を振って近づくブルドッグを手なずけようとしている。犬が背にまとうのはユニオンジャック(英国旗)。後ろで飼い主が、外れた首輪を指さし、戻ってくるよう促しているのだが、耳を貸す様子はない。飼い主はもちろん米国のオバマ大統領である。
中国増長の犯人は誰
日本では、産経と読売が社説で取り上げた。産経は25日付で、英国の「過剰な傾斜ぶりには、大きな懸念を抱かざるを得ない」と指摘。読売も24日付で「急接近に違和感を禁じ得ない」と述べたが、米紙に比べれば、いずれも表現は控えめだ。
「英国を自らに引き寄せ、日米を牽制(けんせい)する中国の狙いは明白だ」と警告したのは読売。産経も「過度の融和姿勢は、米英の同盟関係に亀裂を生じさせ、東アジアにおける中国の覇権主義を増長させる」と説いた。
興味深いのは、お膝元の英国で、ガーディアン紙のように「大いなるギャンブル」と懸念する見方がある一方、フィナンシャル・タイムズ(FT)紙のように「習氏を歓迎するのは正しい判断だ」と政府を支持する社説を掲げたところも。
FT紙は、キャメロン政権の「姿勢に場当たり的な様子はない」と擁護。「中国との関係で『黄金の10年』を築く賭けに出ている」との判断を示した。
経済紙らしい論評だが、英国にしてみれば「変節」したのはむしろ米国であり、中国の増長を許したのも、オバマ政権が対中融和を優先してきた結果だ。そう言いたいようである。
世界第2位の経済パワーを背に、政治的にも自己主張を強める中国。いまや怖いものなしで、力による版図拡大の野心がむき出しになってきた。
南シナ海で中国が進める人工島建設についても、オバマ政権は今頃になって「力には力で」の方針に転じ、イージス艦の派遣に踏み切ったが、流れは簡単に変わらないだろう。
なにより、中国が自ら火を付けた国内のナショナリズムを制御できなくなっている。軍事衝突の可能性が高まれば、オバマ政権の弱気の虫が、またぞろ動き出しかねない。腰が定まらない米国からの批判は、もはやキャメロン氏には響かない。
足元見られた日本
英国は、欧州連合(EU)に残るべきかどうかの国民投票を2017年までに行う予定だ。大陸欧州の加盟国が進める政治統合の深化を牽制する狙いがある。キャメロン氏にとって、EU内で発言力を増すためにも、経済を確固たる回復基調に乗せることは最重要課題なのだ。
国益のためならば、価値観を異にする中国とも手を組み、EU脱退も辞さないとするキャメロン氏は、目的達成には手段を選ばずのマキャベリストに徹しようとしているのだろう。
英国は、中国が主導する「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」にも先進7カ国(G7)で最初に参加を表明し、中国に大きな貸しを作った。
中国は、英国を取り込むことで「新型の大国関係」の実現に自信を得ているようだが、英国には英国の、したたかな戦略があるのだ。
さて、わが日本国はどうか。尖閣諸島周辺では中国公船の日常的な領海侵犯を許し、歴史認識では韓国・中国の連合軍に揺さぶられ続けている。
日中間に緊張が高まる度、友好第一を叫んで中国にすり寄るのは、決まって日本の経済界だ。政治も、その判断に盲従してきた観がある。
13億人の巨大市場というニンジンをぶら下げれば、いくらでも日本は食いついてくる。中国は、日本という「戦略なき経済大国」の足元をしっかりと見ている。
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