異例…2隻目の米原子力空母を展開 圧倒的な戦力、中国に強いプレッシャー

 
2月25日、フィリピン海(フィリピン東方海域)を進む米原子力空母ジョン・C・ステニス(米海軍HPより)

 米海軍が「西太平洋」に帰ってきた-。南シナ海で実効支配を強める中国や核実験を行う北朝鮮に対応するため、米国は横須賀を母港とする「ロナルド・レーガン」に加え、3月に「ジョン・C・ステニス」を西太平洋(東アジア)に派遣した。米国の軍事力を象徴する原子力空母2隻が、同地域に展開するのは極めて異例だ。中国が極度に警戒する米原子力空母には「1国の軍事力に匹敵する」とも言われる力があり、南シナ海などで岩礁埋め立てと軍事基地化を進める中国に対し強い圧力となる。(岡田敏彦)

 浮かぶ軍事基地

 「これまで見たことの無いほど多くの中国海軍軍艦が、我々の周りに集まっている」。3月4日、南シナ海に展開中のジョン・C・ステニスのグレッグ・ハフマン艦長の言葉がツイッターで公開された。

 中国をこれほど警戒させるのは、米国の原子力空母1隻で、世界の中小国を上回るほどの実力を有しているからだ。

 全長は約330メートルと戦艦大和(263メートル)を凌ぐ。飛行甲板の幅は約77メートルで、面積は1万8千平方メートル。東京ドームのグラウンド部分(1万3千平方メートル)の1・4倍の広さだ。

 船底からマストまでの高さは24階建てのビルとほぼ同じで、この巨大な艦に約5700人の乗員がいる。この巨大な装備は全て、発着艦させる艦上機のためにある。

 搭載している飛行機はマクダネル・ダグラス社(現ボーイング社)が開発した戦闘攻撃機F/A-18ホーネットの最新型「FA-18E/Fスーパーホーネット」、通称「ライノ」を4個飛行隊72機。

 さらに敵のレーダーや通信に対し電子妨害を加えるEA-18Gグローラー、空飛ぶレーダー基地と称される早期警戒機E-2Cなど、計約90機を持つ。全乗員のうち4割以上の2480人が飛行機整備員などの航空要員だ。

 90機のうち戦闘攻撃機だけで72機。オランダ空軍やタイ空軍の戦闘機は約90機、フランス空軍でも約200機(ラファール戦闘機とミラージュ2000戦闘機の配備数)という数と比べればおおよその実力がイメージできる。

 米国は、この原子力空母(ニミッツ級)を10隻運用している。空母数で比べれば中国(1隻運用、2隻建造中)はもちろん、フランス(1隻)、英国(1隻建造中)などをしのぐ圧倒的な海上戦力だが、信じがたいことに過去には「用済み」の烙印を押されかねない危機もあった。

 核の時代

 第二次大戦前の海軍の主役は、巨砲を積んだ戦艦だったが、日本海軍の真珠湾攻撃や、日本の陸上爆撃機が戦闘航行中の英最新戦艦「プリンス・オブ・ウエールズ」など2隻を撃沈したマレー沖海戦によって大艦巨砲主義の時代は終わり、航空機と空母が主力の時代を迎えた。ところが第二次大戦が終わるとともに、核兵器の時代が始まる。

 核兵器をどれだけ速く有効に使えるかが軍の価値となり、米国では空母どころか海上戦力全てが無用との論まで現れた。速さ600キロメートルの爆撃機で核爆弾を世界の果てまで運び落とせるというのに、せいぜい速度30ノット(約55キロメートル)の船で何ができるのか、という議論だ。

 1940年代後半には、空軍の長距離ジェット爆撃機B-36を量産するか、海軍の空母「ユナイテッドステーツ級」を建造するかの予算措置を巡って政府・空軍と海軍が対立。最終的には「太平洋戦争の勝利は海軍の空母によるものだ」などと空母建造を強硬に主張した海軍幹部が複数処分(解任)された。後に「提督たちの反乱」と呼ばれるこの事件では、結局、空母建造計画が葬られた。

 空母の復権

 しかし朝鮮戦争(1950-53)で、こうした考え方に変化が生じた。

 朝鮮戦争前の米国では、次に起こる戦争は西側諸国と東側諸国が互いに核兵器を使う第三次世界大戦だと考えられ、核戦力の強化が急務とされた。

 ところが朝鮮戦争の勃発で「この戦争を第三次世界大戦につなげてはならない」という現実的な方向に転換した。北朝鮮軍に代わって戦う中国軍に対し核兵器を使うべきだと主張したダグラス・マッカーサー元帥は解任され、後任のマシュー・リッジウエイ将軍と大統領のハリー・トルーマンは戦争を朝鮮半島より外に広げない「限定戦争」とする。これにより核兵器以外の、空母や戦闘攻撃機など通常兵器の重要性が見直されることとなった。

 その後、ベトナム戦争では米海軍空母がトンキン湾に常駐し航空作戦を繰り広げたが、空母にまつわる問題は依然として残っていた。敵の航空機からの攻撃に脆弱な点だ。

 非力なベトナム空軍だからこそ空母部隊は展開できたが、冷戦のライバル、ソ連空軍は脅威だった。そこで敵攻撃機を排除するための艦上戦闘機「F-14トムキャット」が開発される。長距離誘導ミサイル6発を積載し、24の目標を同時追尾、うち6目標を同時攻撃できた。この艦隊防空をさらに進め、初めて空母の“安全”を確保したのがイージス艦だ。

 イージス艦の最大探知距離は500キロメートル。200個以上の目標を同時追尾し、常時発射できる対空ミサイルを100発近く備える。“対空専門”の艦船で空母を守るのだ。海上自衛隊では弾道ミサイル防衛などのためにイージス艦6隻を配備しているが、米海軍の保有数は桁違いの84隻に達している。

 西太平洋に“回帰”

 幾多の試練を乗り越え鍛えられた強さを持つ米原子力空母。現在、米軍では原子力空母1隻にイージス艦を始め多くの艦艇を組織し「空母打撃群」として運用している。

 横須賀を拠点とする米第七艦隊は、原子力空母ロナルド・レーガンをはじめ指揮艦ブルーリッジや、アンティータムなどイージス艦11隻、原子力潜水艦3隻などで構成される。ステニスはこの一大艦隊に加えられた格好で、南シナ海への展開について米国防総省は「南シナ海を含め、西太平洋全域で艦船を定期的に運用している」と強調。その後米韓合同軍事演習にも参加し、存在感を示した。

 かつて国内に米国海空軍の基地を置いていたフィリピンでは、南シナ海で岩礁を埋め立て軍事基地とするなど実効支配を強める中国に対抗するため米軍の“回帰”を切望し、3月18日の米比戦略対話でクラーク空軍基地への米軍回帰が決まった。今後スービック湾の海軍基地についても同様の措置が取られるとみられる。

 同湾の西約190キロメートルには、中国がフィリピンから奪ったスカボロー礁がある。米紙「ウオールストリートジャーナル」などによると、同礁周辺で中国が測量を実施していることなどから、新たな埋め立てと軍事基地化が懸念されている。西太平洋、なかでもスービック湾への米軍回帰は、中国に対する大きな圧力となるのは間違いない。