京都盆地の北にあって都を守り、山岳修験の場となった鞍馬山(くらまやま、京都市左京区)。集落は谷間の鞍馬街道に沿って細くのび、鬱蒼(うっそう)とした森が東西に広がる。この静かな山里が、毎年10月22日の「鞍馬の火祭」の一夜だけ、すさまじい炎と煙に包まれる。この熱気と興奮の中に立つのが、僕の長年の夢だった。昨秋、この火祭を執り行う住民組織「七仲間」である一家族とともに過ごすという、願ってもない機会に恵まれた。
鞍馬では「1年は13カ月」といわれるほど、火祭の準備に多くの時間を費やす。新緑の頃に松明の材料となる躑躅(つつじ)の柴を刈り、1カ月前から松明(たいまつ)づくりが始まる。祭を迎える集落の、空気が少しずつ暖まり、沸騰するような瞬間を経て、また穏やかな日常に戻るまでの過程を写真に収めたいと思った。僕は火祭の2日前に鞍馬に入った。
当日、家々では通りに面した座敷に祭壇を設け、氏神様への奉納のために鎧甲(よろいかぶと)や屏風(びょうぶ)を飾る。この日のために大切に育てたり、また山野から摘んできた草花や野菜、果実などを供える。鞍馬の人たちは、盆と正月、そして火祭には故郷へ帰るという。どの家でも女性たちは協力しながら、この日に集う家族や友人、来客のために、もてなしやふるまいの食事をつくっている。その空気が何ともいえず温かい。