グランドキャニオン鉄道(3)エンタメ性抜群! 車内外で注目のカウボーイ的おもてなし

江藤詩文の世界鉄道旅
サウスリム駅に到着したグランドキャニオン鉄道

 「緊急連絡、緊急連絡。近くに山賊が現れました。車窓を見張ってください」

緊急事態が発生したわりには、のんびりと笑いを含んだ声で車内アナウンスが流れた。窓の外を見るようにあれほど何度も言っているというのに、首尾よくカメラを向けたのは満席の乗客のなかで私くらい。ぷしゅぷしゅと開けられる缶ビールやらカクテルやら(いずれも別料金)で、すっかりご機嫌になった彼らはほとんどが車窓を見逃して大騒ぎだ。

 「ついに山賊が列車を乗っ取りました。貴重品を盗られないように、各自“目立つところ”に隠してください。たとえば腕時計のベルトの下やソックスの中がよいでしょう」。引き続き車内放送で指令がくだされる。つまりこれ、壮大な演出の「チップをください」というプロモーションなのだ。「手を上げろ!」と「ラグジュアリー・パーラー・クラス」になだれ込んで来たふたり組の強盗は、よく見るとグランドキャニオンの展望ポイント「サウスリム」駅で乗客の整理・案内にあたっていたカウボーイ達なのだが、そこは乗客もわきまえたもの。「命だけは救ってくれ~」と懇願したり、「妻を渡すから自分だけは助かりたい」と奥さんの後ろに逃げ込んだりノリがいいったらない。こういうところ、日本人にはなかなかついていけないような……。

 ともかく保安官役(出発前のショーで悪徳保安官を演じていた同一人物)も合流して山賊が無事逮捕されたところで茶番劇は終了。車内に再び平和が戻ったことを祝って、「ラグジュアリー・パーラー・クラス」では「シャンパン・トースト」としてスパークリングワインが振る舞われた。「ラグジュアリー・パーラー・クラス」の特権である最後尾のデッキに出て、みんなで乾杯! 2時間15分の乗車はあっという間に終了してしまった。

 とにかく演出が盛りだくさんの復路便。観光地らしく活気があり往路より人気だけれど、鉄道旅そのものを楽しみたい鉄道ファンには、往路便もやっぱり見逃せないと思う。

■取材協力:ブランドUSAアメリカン航空

■江藤詩文(えとう・しふみ) 旅のあるライフスタイルを愛するフリーライター。スローな時間の流れを楽しむ鉄道、その土地の風土や人に育まれた食、歴史に裏打ちされた文化などを体感するラグジュアリーな旅のスタイルを提案。趣味は、旅や食に関する本を集めることと民族衣装によるコスプレ。現在、朝日新聞デジタルで旅コラム「世界美食紀行」を連載中。ブログはこちら