変わりゆく日本国内の「超富裕層」 ニューリッチはクルマや家に興味ナシ?

提供:PRESIDENT Online

 アベノミクス効果で日本国内の「超富裕層」が増加し、彼らの資産規模は大きく膨らんでいるという。超富裕層とはどんな人たちなのか。ベストセラー『お金持ちの教科書』の著者である評論家・加谷珪一氏が解説する。

 日本における富裕層の数はリーマンショック後、大幅に減少していたが、2011年頃を境に増加に転じた。野村総合研究所の調査によると、純金融資産1億円以上の富裕層は11年から13年にかけて25.4%増加したほか、5億円以上の「超富裕層」も8%増えた。だが同じ期間における家計の可処分所得は増加していない。

 このところの富裕層の増加は、アベノミクスによる株高で、株式の時価総額が増大したことが大きく影響している可能性が高い。日本において積極的に株式投資をしているのは富裕層だけなので、これはうなずける結果といえるだろう。

 だが一方で、以前とは種類の異なる新しい富裕層が都市部を中心に誕生してきていることも事実である。彼らに特徴的なのは、ネットの分野を中心とした比較的規模の小さいビジネス・オーナーが多く、資金の回転が速いことである。スマホの台頭など、テクノロジーの変革が新しい富裕層の登場を後押ししている。

 現在、ディー・エヌ・エー(DeNA)の執行役員を務める村田マリ氏は、新しいタイプの富裕層の典型である。村田氏は、早稲田大学文学部を卒業後、サイバーエージェントに入社、05年3月に最初の事業をスタートさせた。

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 この事業を12年にgumiに売却すると今度はシンガポールに移住し、家と暮らしに関するネット・メディア「iemo」をオープンした。わずか9カ月後にiemo事業をDeNAに売却しており、手にした金額は推定で20億円を超えるといわれる。

 近年、村田氏のように、次々と事業を立ち上げ、これを売却することで、短期間で大きな資産を手にするコンパクト・ニューリッチが増加中だ。

 かつて、事業の立ち上げや売却には多大な労力が必要だった。初期投資額も大きく、投資資金を回収するためには、株式市場に上場する以外に方法はなかった。上場のハードルが下がったとはいえ、上場できる規模になるまで会社を成長させるのは並大抵のことではない。それに何よりも企業の成長には時間がかかる。

 だが、ネット・インフラの普及によって、初期投資ゼロでも事業をスタートできるようになり、起業のハードルは大幅に下がった。また、資金の回収についても、最近では上場することなく、大手企業への売却という形でイグジット(出口のこと)できるようになってきた。大きなニュースになっていないのであまり一般には知られていないのだが、実は、ネット系の大企業は年に何社もベンチャー企業の買収を行っている。そのたびごとに、ちょっとした資産家が次々と生まれているのである。

 こうしたニューリッチの多くは、都市部に集中している。生活の利便性を第一に考えるので、住まいも都心志向という人が多い。前述の村田氏はビジネスや教育面で良好な環境を得るという目的で、いともたやすく都市国家シンガポールに移住してしまった。彼女のケースは極端かもしれないが、最近のこうしたニューリッチたちは総じてドライで、かつ合理的だ。

 ニューリッチはなぜ都心志向か

 ドライで合理的なニューリッチが増加しているのは日本だけの傾向ではない。2014年『年収は「住むところ」で決まる』(プレジデント社)という刺激的なタイトルの本が話題になったが、こうした動きは世界共通である。

 米国ではイノベーション産業の有無で都市の優劣がハッキリするようになり、成長する都市の高卒者と衰退する都市の大卒者の年収が逆転するという現象が起きている。本書の著者である経済学者モレッティ氏は、イノベーションをもたらすような職種の仕事(たとえば先進的ネット企業のエンジニアなど)が一件あると、その地域のサービス業に五件の雇用が増えると指摘している。つまりイノベーションというものは、人との直接的な交流があってはじめて発展するものであり、人的な集約が欠かせないという主張である。

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 そうであるならば、人や情報が集中している都市部のほうが、その他の地域よりも相対的に有利なのは明らかだ。こうしたニューリッチ層が都心志向なのは決して偶然ではない。

 不動産や車に興味なし

 合理的な都市生活が前提ということになると、彼らのお金の使い方も従来の富裕層とは大きく異なってくる。まとまった資金があっても郊外の豪邸を購入することはなく、場合によっては不動産の所有すらあまり興味がないかもしれない。

 当然のことながら彼らの自家用車に対する関心は薄い。むしろ、自分で運転する必要がなく、移動中の時間をフル活用できるタクシーに対する要望のほうが大きい。最近、スマホのアプリを使った配車サービスを導入するタクシー会社が増えているが、こうしたニューリッチ層にとって、配車アプリは手放せない存在である。

 IT業界の巨人であるグーグルは、自動運転の車開発に巨額の資金を投じているが、ニューリッチ層のタクシーに対する関心の高さと自動運転には密接な関係がある。彼らは移動中もネットに接続し、時間を有効活用したいのだ。もしグーグルが自動運転の車を開発し、日本でもそのサービスが始まったら、彼らはどんなに高価でもこれを購入するはずだ。

 コンパクト・ニューリッチは、人間関係の構築方法も従来の富裕層とは異なっている。頻繁に人と会って情報交換はするものの、情報収集が目的である以上、ベタベタとした深い関係はあまり望まない。食事に対するお金のかけ方も、従来の富裕層とは大きく異なるだろう。

 ニューリッチのライフスタイルは、富裕層のコミュニティのあり方も大きく変えようとしている。これまで、日本の富裕層は、各地域に根ざしたオーナー企業の経営者や開業医、土地所有者などが大半であった。このため富裕層のコミュニティというものも、基本的に彼らの仕事を軸に形成されてきた。

 一方、都市部に集中するニューリッチは、特定の業界に偏っているものではなく、相互の関係も希薄である。だが、SNSなどのコミュニケーション・ツールを媒介にして、緩い状態ながらも確実なコミュニティを形成している。こうした新しいタイプの富裕層の増加は、徐々にではあるが、従来型の日本社会の仕組みを変えていく原動力になっていくだろう。

 評論家 加谷珪一(かや・けいいち) 東北大学卒業後、ビジネス誌記者、投資ファンド運用会社を経て独立。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。『お金持ちの教科書』ほか著書多数。

 (評論家 加谷珪一 写真=PIXTA)

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