(下)日本郵政の大型買収、もう許されぬ「失敗」 野村不動産買収を目指した理由は…

郵政の苦闘 民営化10年
東京・霞が関の日本郵政ビル

 ■金融利益流出 増収の新戦略不可欠

 「本当にシナジーがあるんですか。あるのなら数字で出してください」

 日本郵政が昨秋から進めていた野村不動産ホールディングスの買収交渉。しかし、慎重な意見も根強く、ある社外取締役は、経営陣にこう詰め寄ったという。自民党議員からも「(買収は)マネーゲームではないか」と指弾された。結局は、売り手側と価格が折り合わず、白紙撤回された。

 のれん代償却で赤字

 交渉が表面化した今年5月は最悪のタイミングだった。日本郵政は約2週間前に、2017年3月期連結決算が民営化後初の最終赤字となる見通しを発表したばかり。その主因が別の大型買収の“失敗”だったからだ。

 15年2月18日、日本郵政の西室泰三社長(当時)は、約6200億円の巨費を投じ、オーストラリアの大手物流会社トール・ホールディングスを買収すると発表。西室氏は記者会見で「グローバル展開を考えると、最高のパートナーだ」と胸を張った。しかし、その後、資源価格の低迷などでトールの業績は不振に陥った。

 買収額が買収される企業の純資産を上回った場合、その差額は「のれん代」として買い手企業の資産に計上されるが、買収した企業の業績が悪化すると目減り分を取り崩す必要が出てくる。日本郵政は、残っていた4000億円ののれん代を一括で償却。この特別損失により、17年3月期は最終赤字に転落した。

 西室氏は既に退任しているが、同じことを繰り返すわけにはいかない。内部から慎重な声が出るのは当然だった。

 それでも、日本郵政が一時、野村不動産の買収を目指した理由は何か。それは、郵政民営化法を読めば容易に想像がつく。日本郵政は日本郵便のほか、上場するゆうちょ銀行とかんぽ生命保険を主な子会社としているが、法律では日本郵政が持つ金融2社の株式について「その全部を処分することを目指す」としているのだ。

 日本郵政グループの経常利益の9割超は金融2社がたたき出している。旧郵政省(現総務省)出身者を中心に、金融2社を手放すことへの危機感が強いという。日本郵便は子会社であり続けるが、国内郵便事業は成長性に乏しい。国際物流事業の強化のために買収したのがトールで、不動産事業強化のために傘下に収めようとしたのが、野村不動産だった。

 政府保有60%に低下

 のどかな田園風景が広がるある地方。地元の人がそこかしこで「売り出すらしいね」とささやき、ヤギを連れた女性が「私も気にした方がいいでしょうか」と関心を示す。

 今月中旬、こんなテレビCMで周知が図られたのは日本郵政株の2次売却だ。政府が保有する郵政株を売却するのは15年11月の東証1部上場以来、1年10カ月ぶり。赤字決算などで見送られる可能性も指摘されていたが、政府は今月下旬、約1兆4000億円分の売却に踏み切った。財務省幹部は「直近の決算(17年4~6月期)が黒字で、中期経営計画も堅調に進んでいる」と説明、新年度の業績の進捗(しんちょく)が判断材料になったと示唆する。

 29日に新しい株主に受け渡され、政府の保有比率は80%超から60%弱に下がる見通し。日本郵政は少なくとも、数字の上では脱・国有化に一歩近づく。

 今後の焦点は、金融2社株の追加売却に移る。売却が進むと、日本郵政は巨額のキャッシュを獲得する一方、両社がもたらしてきた利益はグループ外に流出する。日本郵政の長門正貢社長は「郵便だけを持つ会社になることを考えると、何らかの売上高のカバーが必要。M&A(企業の合併・買収)が有効な手段であることは変わらない」と強調する。

 トール、野村不動産と苦杯を味わってきた大型買収で「三度目の正直」となるか。地道な収益改善策とともに、民間企業らしい次の“一手”にも注目が集まる。(この連載は高橋寛次、大坪玲央が担当しました)

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