米新車販売に潜む多大なリスク 苦戦続きの自動車各社、想定以上の悪循環も
高論卓説好調な業績を見込む国内産業の中で、不振を隠せないのが自動車産業だ。5月に公表されたトヨタ自動車、ホンダ、日産自動車の主力3社の2017年度の営業利益合計は2兆9900億円で、前年度実績から16%の大幅減益が見込まれている。要因として経営陣が口をそろえるのが、インセンティブ(販売奨励金)の増大に見舞われている米国事業の苦戦。同事業は収益全体の半分を稼ぐ経営の屋台骨だ。それだけに米国市場の動向次第では想定以上の業績悪化が避けられない。
先進国の新車販売は経済危機から立ち直り、過去最高レベルへ回復を果たした。これを牽引(けんいん)したのが米国市場だ。米国の新車販売台数は、15年に1740万台に達し、過去最高を更新した。16年も連続で最高を更新し、1755万台に達している。米国新車販売が1700万台レベルを超えるのは、この2年を含めて過去に4回しかない。
ところが、好調な米国経済にもかかわらず、新車販売のピークアウトが鮮明となっている。5月の米新車販売台数は前年同月比0.5%減となり、年初から5カ月連続で前年割れとなった。完全雇用に近い雇用状況で、個人の財務の健全性は高いはずなのに、ここに来て新車販売市場が悪化していることは興味深い。
新車販売は、構造的な課題があり、多大なリスクが潜んでいると考える。過去最高レベルへ一気に上昇した原動力は、低金利、原油安、中古車価格上昇を背景にしたスポーツ用多目的車(SUV)やピックアップトラックを含む「ライトトラック市場」の急成長であった。
このセグメントで、プライム(優良客)より信用力で劣位のサブプライム層の買い替え需要が急速に拡大し、新車販売台数を大きくかさ上げしてきた。要するに、米国市場は実力以上に、回復のピッチが速かったのである。
この成長に、中古車価格の高騰が重要な役割を演じたことを認識したい。金融危機は中古車の供給源であるリース販売を縮小させた。供給不足に陥った中古車価格が急騰し、担保価値を引き上げてきた。そこへ、低金利、原油安が続いた結果、維持コストが低下したライトトラック市場の急成長がもたらされた。これが、新車市場成長の好循環を生んだ。
単価の高いライトトラック市場が拡大すれば、平均販売単価は上昇し、これを原資に自動車メーカーはインセンティブを積み上げる。平均販売単価の上昇は、既に高い中古車価格をさらに引き上げる。低金利と高い中古車価格はバーゲンのローンやリース販売を容易にさせる。新車の買いやすさはさらに上昇し、ライトトラックの買い替えが加速化する。こんな循環が目いっぱい効果を生んだのが、この2年の過去最高更新の原動力といえる。この結果、米国新車販売に占めるライトトラック比率は、09年頃の40%強をボトムに、近年は六十数%まで上昇している。
米金融市場は利上げ期に入り、この循環は既に逆回りしている。現在、最も懸念されているのが、過去の平均値から15%以上乖離(かいり)している中古車価格の調整だ。金利と中古車価格の水準いかんでは、想定以上の悪循環に陥りかねない。さらに、その悪化を加速化させる、テロを含めた地政学リスクも無視できない。トランプ政権の経済政策が大幅に遅れる中で、米国自動車販売は、細心の注意を払うべき局面に入ってきているといえるだろう。
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【プロフィル】中西孝樹
なかにし・たかき ナカニシ自動車産業リサーチ代表兼アナリスト。米オレゴン大卒。山一証券、JPモルガン証券などを経て、2013年にナカニシ自動車産業リサーチを設立。著書に「トヨタ対VW」など。
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