高音質の劇場といつでもどこでものネットで映画を同時公開 アニメーション映画「BLAME!」が変える映像ビジネス

 
ポリゴン・ピクチュアズ取締役の守屋秀樹さん(左)とNetflixのジュリアン・ライハンさん
ポリゴン・ピクチュアズ取締役の守屋秀樹さん(左)とNetflixのジュリアン・ライハンさん

 「シドニアの騎士」で知られるマンガ家、弐瓶勉氏の作品をポリゴン・ピクチュアズ(東京都港区)がアニメーション映画化した「BLAME!」。5月20日から2週間限定で劇場公開されるのと同時に、世界的な映像ストリーミング配信企業のNetflixからも全世界に向けて提供される。劇場では高音質上映を実現し、ネットではいつでもどこでも見られる状況を作って、どちらも見たくなるようにして食い合いの不安を払拭。劇場からパッケージ、テレビ放送と段階を踏んでいた映像のビジネス展開に、新たなモデルを提示しそうだ。

 「アニメーション音響革命だ」。3月14日に千葉市美浜区のイオンシネマ幕張新都心で行われた「BLAME!」の試写で、音響監督の岩浪美和氏はそう言って、「BLAME!」で取り入れたドルビーアトモスという立体音響技術が持つ可能性を訴えた。

 1997年から2003年にかけ、講談社の「アフタヌーン」で連載された弐瓶勉氏の「BLAME!」は、都市を管理するシステムが人類を違法居住者と見なし、抹殺するようになった未来が舞台のSFコミック。その「BLAME!」を、弐瓶氏の企画協力・全面監修を得て再構成し、ポリゴン・ピクチュアズで「亜人」「シドニアの騎士」を手掛けた瀬下寛之氏が監督となって長編アニメーション化した。

 この映画で音響監督を務めたのが岩浪氏。「ガールズ&パンツァー劇場版」など多数の作品を手掛けているが、最近は音響面にこだわった上映形態を模索している。「ガルパン」でもセンシャラウンドと呼ばれる立体的で重低音が鳴り響く、臨場感たっぷりの音響を作って劇場で公開し、大ヒットにつなげた。今回の「BLAME!」でも、ドルビーアトモスを始め様々なタイプの音響を、劇場の設備に合わせて作り込み展開している。

 「『ゼロ・グラビティ』を見て衝撃を受けました。ヤバい、これで日本の映画音響は大きく後れを取った、追いつかなくてはいけないと思いました」というのが、岩浪氏が「BLAME!」で日本のアニメでは初めてドルビーアトモスを採用した理由。音響効果を担当した小山恭正氏は、「後から前、前から後といった音がきれいに出ています」と、空間の中で自在に音を移動させられるドルビーアトモスの機能が生かされた映画になっている点を強調した。

 「劇場でしか体験できない音というのが、音響チームが映画を作るときのファーストプライオリティです」と岩浪氏。ドルビーアトモスに加え、横幅が18メートルあるULTIRAのスクリーンで見られるイオンシネマ幕張新都心など、劇場ならではの体験を与えることで観客に足を運んでもらおうとしている。

 近年は、ボリウッドと呼ばれるインドのコメディ映画でも、ドルビーアトモスのような音響で映画が作られているが、日本は音響への意識が希薄だという。「BLAME!」を始めとした“アニメーションの音響革命”を積み重ねていくことで、映像だけでなく音響でも世界で勝負できる作品が生まれてくる可能性が開けてくる。

 「BLAME!」では一方で、映像配信のNetflixでも公開と同時にオンラインストリーミング配信がスタート。映画館で稼ぎ、それからブルーレイなどのパッケージ販売、そしてテレビ放送といった段階を踏んで展開されることが多かった映画が、劇場とネットで同時展開されることは珍しい。これには、「BLAME!」の製作にあたってNetflixが関わっていることが背景にある。

 「Netflixのサポートがなければ作れなかった映画です」と話すのは、ポリゴン・ピクチュアズ取締役の守屋秀樹氏。「ポリゴン・ピクチュアズで作った『シドニアの騎士』を展開する時、当時は世界50カ国くらいでやっていて、アメリカでも頭角を現していたNetflixにダメ元で行ったら、ポリゴンなら良いと買ってくれました」。続く「亜人」でも組んだNetflixに「BLAME!」の話を持っていったところ、「二つ返事でOKを頂けました」。

 Netflixでコンテンツ・ディレクターを務めるジュリアン・ライハン氏によれば、「このストーリーなら全世界に通用すると考えました。世界にサイファイ(SF)のファンは多くいて、アニメのファンも多くいます。弐瓶先生も全世界で知られています」。すでに「シドニアの騎士」で実績もあったことから、「BLAME!」ではNetflixのオリジナル映画として組むことになった。

 イベント上映という形で、劇場での上映とネットでの配信、パッケージの販売が同時にスタートするアニメ作品は過去にもあったが、本格的な日本の長編アニメ映画がネットで、それも全世界に向けて多言語対応の上で、公開と同時に配信される例はあまりない。Netflixがストリーミング配信の会社という理由も大きいが、「ひとりでも多くの人に見てもらいたい」といった意識もあるとジュリアン・ライハン氏は話す。

 「劇場なら大画面で、ドルビーアトモスの技術によって素晴らしい経験ができますが、映画館まで足を運べない人でもNetflix上で見られます。ファンに対してオプションを増やすことができます」とジュリアン・ライハン氏。映画館は映画館で最高の音質で楽しめ、ネットはネットで全世界に向けて展開できる。何度も繰り返し見てストーリーを理解し、キャラクターの関係性を把握することもネットなら容易だ。

 画質についても、クオリティの高いHDRの規格で配信されるため、ダークな空間でストーリーが流れていく「BLAME!」でも「くっきりと色の違いが見えます」とジュリアン・ライハン氏。それぞれの特長を生かした映像体験を提供することで、ひとつの作品をさまざまな場所で同時展開できる。ネット時代に大きく変わろうとしている映像ビジネスの先駆けとなりそうだ。