ホンダジェットに富裕層ビジネスの真髄を見た 宗一郎氏の「夢」はばたくか

 
ホンダジェットの操縦室=2016年11月11日、米ノースカロライナ州グリーンズボロ市(会田聡撮影)

 米ノースカロライナ州グリーンズボロ市。窓外に見える1枚の葉に自らの命を投影する少女を書いた『最後の一葉』で知られる小説家オー・ヘンリーの出身地の同市に、ホンダの小型ジェット機「ホンダジェット」の生産拠点がある。記者は11月に現地を訪問した。そこで見たのは想像を超えた富裕層ビジネスの実態だった。

 巨大なシャッターのある灰色の建物に入ると、柔らかな照明の中で赤色を基調とした全長約13メートルの機体が機械式駐車場のようなターンテーブルの上でゆっくりと回っていた-。

 ホンダジェットの生産拠点内にある顧客への納入スペースだ。約634平方メートルの建屋2階にはガラス張りの契約書にサインなどをする部屋がある。航空事業子会社ホンダエアクラフトカンパニーの藤野道格(みちまさ)社長は、「購入しても、機体を上から眺める機会はなかなかないでしょう」と笑顔で話した。

 建屋内には購入者が飛び立つ前にディナーを楽しむ部屋もあった。藤野氏が選んだ絵画やシャンデリアで飾られた室内は高級レストランさながらで、ドアの外にジェット機があるとは思えない。1機485万ドル(約5億7000万円)の買い物をする顧客への演出には驚きの満載だった。

 ホンダジェットは演出に見合うデザインの高級感や、性能を達成している。7人乗り(パイロット含む)と小型ながら、主翼上にエンジンを配置する斬新な設計で機内空間を広げ、大人の男性が向き合って座っても足があたらない。

 荷室もゴルフバッグが入る容量を確保し、従来の窮屈で利便性の低い小型ジェット機の常識を覆したという。

 さらに、最高時速778キロの高速に加え、機体の軽量化で燃費を向上して航続距離は東京-北京間に相当する2185キロに上る。国土の広い米国などで、「いくつかの州で飲食店を持つ経営者にとってビジネスや私生活で有効に使える」(藤野氏)。実際、ホンダジェットは現地の経営者らから人気が高い。

 ホンダによると、過去10年の小型ビジネスジェット機市場は年平均約270台。うち6割は米国が占める。チェックインカウンターなどの待機時間がなく、大陸内の迅速な移動が必要な起業家や企業経営者らの需要が大きい。

 これに対し、ホンダは自動車生産で培った乗り心地や燃費性能へのこだわりを発揮し、受注はすでに100機を大きく上回る。

 創業者の本田宗一郎氏(1906~1991年)の「夢」とされた航空機事業への参入が達成された形だが、課題も残っている。

 最大のハードルが生産ペースだ。藤野氏は今年1月に、16年は約50機を納入する方針を示していた。だが、「部品メーカーの品質の不足や、(顧客の操縦)トレーニングが間に合わないことで納入できないこともある」(藤野氏)という。

 そのため16年は月3機(年36機)程度の生産で、計画よりも納入は遅れている。ホンダは部品メーカーに人材を派遣するなど改善策を講じ、生産を加速している。

 ホンダは17年度に月4~5機まで増やし、19年度には年間100機程度のフル生産に引き上げる方針。八郷(はちごう)隆弘社長は「(航空機事業は)創業者の夢であり、短期で事業になっていると思っていない」と語るが、量産効果で採算を改善して業績を向上できるかが鍵になる。(会田聡)