“ながら聴き”出版界を活性化できるか? スマホやタブレットに徐々に広がる「オーディオブック」

 
オーディブルが「ハリー・ポッター」シリーズを配信。俳優の風間杜夫さんが朗読する=9日、東京・北青山

 本を音声データにして耳で楽しむ「オーディオブック」が拡大の兆しをみせている。スマートフォンの普及で「いつでもどこでも聴ける」環境が整い、芥川賞作品やベストセラーなど人気書籍も相次いで音声化。この2年ほどで利用者が急増している。米アマゾン傘下で世界最大の配信サービス会社が日本市場に参入したのも追い風だ。“ながら聴き”という読書スタイルが支持され、有望市場に成長すれば、低迷する出版業界が活性化しそうだ。

米アマゾン系上陸

 「世界の利用者は年40%増を続けている。今年のオーディブル利用時間は20億時間で、2年前の2倍だ」

 アマゾン傘下の米オーディブルのベス・アンダーソン副社長はこう述べ、胸を張る。世界最大のオーディオブックサービスの同社は昨年7月、日本に初上陸。月額1500円で聴き放題の定額配信サービスを打ち出し、話題を呼んだ。

 オーディブルはスマートフォンやパソコンにアプリをダウンロードすれば、いつでもどこでも対象書籍を聴くことができる。大手出版社と契約を重ね、今では1万冊以上を配信する。今月は俳優の風間杜夫さんが朗読する「ハリー・ポッター」シリーズ全巻の配信を発表した。

 米独仏など7カ国に拠点を置くオーディブルだが、定額配信サービスは日本市場が最初だ。欧米に比べて日本はオーディオブックになじみが薄い。アンダーソン氏は「(定額化は)とにかく試してもらうため。使ってもらえればユーザーは広がる」と自信をみせる。

狙いは高齢者市場

 「アマゾンの参入は追い風。環境が整い、市場はようやく花開き出した」と話すのは、オトバンク(東京都文京区)創業者の上田渉会長だ。同社は2007年に配信サービス「FeBe(フィービー)」を開始。朗読に声優や俳優を起用した作品の制作から販売、出版社と連携したPRも手がけ、現在は1万9000タイトルを扱う。

 8年かけて10万人(14年)に達したユーザーは、この2年ほどで20万人に倍増する見込みという。昨年は、市場を開拓するため大手出版社16社と連携し日本オーディオブック協議会を設立した。

 ビジネス書の利用が多いこともあって、オトバンクの年齢別ユーザーは現在、30~40代が6割を占める。しかし、「一番のターゲットは高齢者。目を使わないオーディオブックは本のバリアフリー」(上田会長)と、同社は高齢者市場の成長を見据えている。

900億円規模に拡大

 オーディブル発祥の米国は車社会のため、移動時間に「本を聴く」習慣は普及している。一方、日本では書籍をCDやカセットテープで音声化するサービスはあったが、紙の書籍よりも値段が高く、定着しなかった。

 それが、ここにきて市場が開花した背景は「大きく3つある」(オトバンク)という。まずはスマホやタブレットなど携帯端末が普及したこと。次に、価格が紙の書籍並みになったこと。そして、出版社の協力でタイトルが豊富にそろったことだ。

 ビジネス系大手出版社、ダイヤモンド社の今泉憲志取締役兼書籍編集局長は「いわゆる活字離れには懐疑的だ。今ほどコンテンツが求められている時代はない。書籍の多様化の一つとして可能性を感じ参入した」と述べ、市場の伸びしろに期待を寄せる。

 「現在の日本市場は約50億円。海外の例でいくと書籍の5~10%程度に達し、市場は900億円規模に拡大する可能性がある」とオトバンクの上田会長はみる。オーディブルのアンダーソン氏は「『今、どんな本を聴いている?』と話題にされるマスメディアになるのが目標」と話す。

 ながら聴きができるオーディオブックは、活字を読むのに苦労する高齢者にも、時間に追われて忙しい現役世代にも受け入れられやすいサービスだ。携帯端末の普及を機にサービスがさらに浸透し、市場が欧米並みに拡大すれば、書籍の売れ行きが低迷する日本の出版業界に新たな可能性をもたらしそうだ。(滝川麻衣子)