キリン、王者復活へ変革の第一歩 47都道府県ビール、業界内では冷ややかな声も
ビール業界のかつての王者、キリンビールが不振にあえいでいる。2016年1~3月期のビール類(ビール・発泡酒・第3のビール)の販売状況はアサヒビール、サントリービール、サッポロビールの競合が前期比プラスとなったのに対し、キリンは前年同期比11%減と4社中唯一のマイナスと独り負けとなった。国内ビール類市場で長年シェア50%超と勝ち組の名をほしいままにしてきたのは、もはや前世紀の出来事。キリンに復活はあるのか。
考えられぬ商品
「全社員の意識改革、企業風土の変革につなげたい」
浮上の足がかりをなかなかつかめないキリンビールの布施孝之社長がこんな熱い思いを込めて10日、新商品を投入した。全国47都道府県ごとに味わいが異なる地域限定ビール「47都道府県の一番搾り」だ。ビール市場は消費者の嗜好性の高まりにより、味の違いや個性を楽しめる商品のニーズが高まっている。47の異なる一番搾りを用意し、こうした需要に対してきめ細やかに対応しようというもの。かつてのガリバー、キリンでは「考えられない商品」(業界関係者)だった。
キリンは生産現場の声が強いことで知られる。ある幹部は「営業現場からの提案でも採算がとれない、と新商品の生産を突っぱねられたこともある」。ビール販売を支えているのは製造現場だという昔からの職人気質が尊ばれる社風だ。加えて、その圧倒的なシェアを後ろ盾に「おっとりした営業」は有名で“公家体質”と揶揄(やゆ)されてきた。
それだけに「47都道府県の一番搾り」は「当初はできないとの声もあった」(布施社長)。一商品に対して47の違った味を用意することは、これまでの生産現場の常識ではあり得ない手法。さらに現場が反発したのは販売までの期間の短さだった。通常ビールは開発から生産までは約1年かかるとされるが、「47都道府県の一番搾り」はそれを7カ月という短期間で成し遂げた。これまでにない手法と短期間での生産によって新商品を市場に投入できたことで布施社長は「飛躍に向けた経験になるはず」と評価する。
冷ややかな声も
もっとも、キリンのこうした試みに対して、業界内では冷ややかな声もある。量産効果で生産コストを抑え、収益を追求するのが大手ビールメーカーのビジネスモデル。多品種・少量生産では効率を追求できないからだ。
競合ビールの幹部は「大手ビールメーカーにとってそぐわない商品」と言い切る。
「47都道府県の一番搾り」は10月にかけて順次発売予定。好評により受注量は、当初目標の120万ケース(1ケースは大瓶20本換算)の約2倍となる240万ケースに達する見込みだ。とはいえ、主力ビール「一番搾り」の16年の販売目標3640万ケースからみればその割合は約6.6%。ビール類全体の目標1億4060万ケースからみるとその割合は1.7%にすぎず、全体を押し上げるには力不足だ。
15年のキリンのビール類の国内シェアは33.4%と前年から0.2ポイント改善したものの、王者アサヒビールに6年連続で後塵(こうじん)を拝している。
新たな成長機会を求めて進出している海外でも苦戦を強いられている。15年3月期には11年に約3000億円を投じて買収したブラジル子会社の業績悪化による減損損失1100億円を計上。1949年の上場以来、初の最終赤字に転落した。ここ最近では、ブラジル子会社の1工場をベルギーのビール世界最大手アンハイザー・ブッシュ・インベブ(ABインベブ)に売却することで合意するなど目下リストラに追われている。
本格的な社内風土の変革につなげられるのか、それとも単なる実験的な試みに終わるのか。成否は未知数ながら、「47都道府県の一番搾り」で、キリンは変革へそろり一歩を踏み出した。(松元洋平)
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