マツダを変えたスカイアクティブ 「取るデータ量は世界一」徹底的な品質管理

提供:PRESIDENT Online
左から:宮脇克典・第2パワートレイン製造部マネジャー(エンジン加工)、藤井隆昌・第1車両製造部マネジャー、小川慶久・第2パワートレイン製造部マネジャー(エンジン組立)

 独自の環境技術「SKYACTIV」を搭載した自動車の販売が絶好調のマツダは、3期連続で最高益を更新する見通し。その生産現場を支える3人のリーダーを直撃した。

 1カ月間仕事がないという経験

 --2008年9月にリーマンショックが起こり、世の中の景気が一気に冷え込みマツダの販売・生産にも大きな影響が出ました。当時の生産部門の雰囲気はいかがでしたか?

 【藤井】「会社は本当に大丈夫かなぁ」と心配でした。通常、車両工場は昼と夜の2交代勤務で仕事をしています。ただ、状況によって夜の勤務がなくなるときもたまにはあるものです。しかしあのときは事情が違って、初めて、まるまる1カ月間夜間の仕事がないという経験をしました。

 --今のスカイアクティブ搭載車の好調ぶりとは雲泥の差ですね。

 【藤井】当時は、マツダが今のような好ましい状況になるとは、全く考えもしませんでした。今は忙しい日々です。今年9月などは、土曜日に休出(休日出勤)の連続と言ってもよいような状態でした。だから非常に活気があります。生産現場は“つくってなんぼ”の世界ですから。

 --生産ラインが止まってしまうと、仕事のモチベーションを上げるのはなかなか難しいのではありませんか。

 【宮脇】ありがたいことに、それによって、生産ラインの改善に取り組む時間ができました。普段なら、しようと思っても、全員で一斉に協議・相談するような機会はなかなかつくれません。「半日ラインが止まっています」というときを、逆に活用しました。

 --それは“禍を転じて福となす”的な発想ですね。

 【宮脇】そうです。その機会を利用して、経験豊富な者が経験の浅い人たち1人ひとりに、じっくり時間をかけて現場の工程や作業を教え込む、という取り組みも始めました。

 【小川】今ではそれがいわば“教育道場”として私どもの日常にしっかり根付きました。いくら忙しくなっても、この活動は絶対にやめません。

 --そうなると、生産の手法や設備の見直しにも一層力が入ったのではありませんか。スカイアクティブ技術の開発を睨みながらの作業となったのでしょうか?

 【宮脇】実は、2006年あたりから、現在のフレキシブル生産の前身のような生産ラインを引き始めていました。将来を見越して、排気量に関係なくつくれるラインを構築できていたので、スカイアクティブ・エンジンを受け入れる用意は事前に整っていったと言えます。

 --マツダ車の一新を目的にしたスカイアクティブ技術の開発を支える「モノづくり革新」を推進する上で、生産と開発両部門のコミュニケーションあるいは協力態勢がよりオープンで強固なものになっていったと理解しています。その象徴的な施策に、生産部門に配属された新人エンジニアが、開発部門に最初の3年間研修に出る、というプログラムがあります。今でもこのプログラムは継続中ですね。この効果はいかがですか?

 【小川】正式には2008年から始まっています。これによって、開発と製造の距離が非常に縮まった印象が強いですね。研修経験者は開発のプロセスを理解して戻ってきていますから、そのおかげで、ある課題を与えられたとき、どこを検討し対策すれば解決策が見いだせるという見通しがたてられます。両部門の互いの検討速度も上がるし、協力の質も高くなります。

 生産と開発の組織の壁はなくなった

 --3年間研修の経験を積むと、研修先の開発の人たちと、個人的な仲間意識も強くなるのではありませんか。

 【小川】個人的にも日常的にもメールや電話でいろいろなことを聞いたり相談したりしているようです。その意味でも、組織の壁がなくなっていますね。

 --生産と開発の関係も一昔前とはまさに様変わり、といったところですか。

 【宮脇】そうは言っても、昔から壁があって全く交流がなかったということではありませんでしたよ。ただ、昔はお互いに相談といえば、決められた事項に限られていました。今は違います。未決の状態で相談を持ちかけられます。そのおかげで、“こんな感じじゃないか”とお互いに柔らかいアイディアの段階から話ができます。

 われわれのように管理職の場合は立場上、相談に臨む姿勢がある程度杓子定規になることもあります。しかし、研修を経験した若い人たちが開発の人たちことばを交わしているのを小耳にはさむと、ときには“それ本当か”と耳を疑いたくなるようなところから話をしています。アイデアが柔らかいうちに話をしていると、とんでもない方向に走ってしまうことはありません。むしろ、開発が想像しているよりも高いレベルの製造ができるという場合もあります。

 --それがスカイアクティブ搭載車の生産を支えている。

 【宮脇】スカイアクティブになって、昔とは全く違った雰囲気になっていますよ、間違いなく。

 --新型ロードスターの試作車のデザインを、生産部門の人たちに対してプレゼンテーションした、これで関係する部門の人たちの意識がひとつにまとまった、という趣旨のことを主査の山本さんがお話になっていました。

 【藤井】そうです、あのとき以降、意識は変わりましたね。昔は、提示されたデザインを見て、たとえば、「その部分はそんなに絞れないぞ」で話は終わっていましたから。

 【宮脇】今では、デザインと密接なつながりのある車体部門だけでなくエンジン生産の人たちも、デザインセンターに見に行っていますよ。

 「これのエンジンをあんたらは、立ち上げんといけんのよ」

 「ロードスターに、しょうもないエンジンなんか積むわけにはいかん」

 じゃぁ、どンだけ真剣に考えてエンジンつくろうか……、という話になりますね。

 ちょっと前までは、エンジン生産にいたら、開発中のクルマを見ることもありませんでした。だから、量産の間際になって、「このモデルに積むンか」といった調子です。

 --誰もがひとつのモデルに対して同じ物差しを持つようになっている、ということでしょうか。

 【宮脇】昔は、開発中のモデルを、一部の人だけが見に行っていました。その意味ではずいぶん風通しがよくなっていますよ。希望があれば見に行けますから。ひと昔前までは、クレイモデルなんか見たこともありませんでしたね。今では見るだけでは終わりません、開発中のモデルごとに、その商品性までプレゼンテーションをしてもらっていますから。

 【藤井】そのプレゼンテーションのとき、その場で関係する部署同士で、検討や話し合いが始まります。その場にいると、つくり手の誇りのようなものさえ感じられます。

 「取っているデータの量は世界一」

 --次に、マツダが重視なさっている品質管理についておうかがいします。藤原常務は、「生産の現場ではF1エンジン並みの品質管理をしている」と胸を張っておられます。

 【宮脇】あれれ、本当ですか? 私たちはそんな表現をしたことはありませんが。マツダはF1、走ったことはありませんしね(笑)。

 --常務が胸を張るF1並みの品質管理、の象徴は、例の生産ラインに設置されているエンジンの検査をするドライベンチだと思います。

 【小川】はい、このドライベンチを活用して、組み上げたエンジンの全数・全量検査をしています。しかもこの検査はこの本社だけでなく、中国とメキシコにある工場でも実施しています。つまり、全数、全量、全世界とも言えます。したがって、どのエンジンのデータでも、要求されたら即座に出せます。

 --ビッグデータ管理を駆使した品質管理ということですか。

 【小川】そうです、エンジンそのものの計測値や工程・作業の詳細だけでなく、製造時の気温や気圧といったものまで含めたビッグデータを集積しています。そのうえで傾向値管理をします。つまり、直前に組み上げたエンジンのデータつまり傾向値をドライベンチ上のエンジンに反映させるのです。そこで突然かけ離れた値が計測されると、分解してその原因を追求して、組み上げのばらつきを抑制する、といった品質管理です。

 【宮脇】とにかく、徹底的にばらつきを減らして、常にお客さまにとっての最適値を狙う、これが私どもの目標です。各数値が設計・生産の許容範囲におさまっていることだけで、満足はしません。生産での管理の実力を“ここまで追い込める”と開発にフィードバックして、次の設計でさらに上を狙えることにつなげたいのです。そうすれば、開発も楽になるでしょうし、それによって性能向上が図れます。指示された通りにつくる、だけでは終わりません。

 --スカイアクティブのガソリンエンジンは高い圧縮率に代表されるように斬新な発想でできあがっています。その意味では初めて世に出たエンジンにもかかわらず、信頼性に関してこれまで芳しくない評判を聞いた記憶がありません。この点でなにか力をお入れになったことがありますか。

 【宮脇】圧縮比を上げること自体は生産上、それほど難しくはありません。難しいのは、圧縮比が高くなるほど、ばらつきの管理が難しくなる、ということです。言い換えれば、ばらつきが大きくなればなるほど圧縮比の数値も大きく変動するのです。そこで、管理するべきポイントを探り当て、追い込んでいきました。だから品質が安定しているのだと思います。

 【小川】取っているデータの量は世界一だと思います。

 --今お考えになっている次の課題は何かをお伺いします。

 【藤井】従来は、設計の要求を満たすのがものづくり、でした。今は違います。設計の狙った性能を出すにはどこを狙ってつくればよいかを常に考えています。設計の規格はこうだから、だけでは終わらずに、お客さまに喜んでもらえるものはどうあるべきかという視点を忘れずにつくっていきたい。

 【宮脇】私どもに与えられた製造技術、加工技術の課題への取り組みはまだまだ終わりません。将来に向かっては、今までとは全く違う手法を生み出さなければならないと思っています。

 【小川】旧モデルからスカイアクティブに進化したその曲線をさらに二次曲線的な軌跡でさらに高みを目指さなければという思いが強いですね。そして製品の差別化を図って抜きんでた製品をつくりたいと思います。もっとも、登る坂道が急すぎて、先が見えなくなるかもしれませんが。

 (ジャーナリスト 宮本喜一=文)