マツダ社員が抱き続ける危機感 「スカイアクティブ」完成の秘密

提供:PRESIDENT Online
小飼雅道・マツダ社長

 マツダ全社員が危機感を持っている

 --スカイアクティブという新しい技術を盛り込んだ製品がヒットし、マツダの業績も好調に推移していますね。

 確かに昨年あたり、マツダは順風満帆、絶好調というのがおおかたのメディアの論調でした。広島で頑張ってきた企業が、ついに成功をおさめた、円高を克服して成功した代表的企業のように言っていただきました。

 ところが、スカイアクティブ車の投入から3年たった今年になるとその論調が変わって、「今度は踊り場を迎えられましたネ」とメディアからは言われています。これは事実でしょう。業績の数字を見てもそうなっていますから、社内では全員が危機感を持っていますよ。

 2012年以来3年間に新型車を6車種発売しました。たまたま、それらの好調な状態が続いるだけです。今は一段落しています。だから今は、全社を引き締めています。このままでは危ないんじゃないか。したがって、次期中期計画の3年間、あるいは今年を含めれば2019年までの4年間の生産販売戦略を策定している最中です。全員が危機感を持っています。

 事実、ボーナス交渉の席でも、組合の人たちから心配の声が上がります。「がんばろうや」「できることはなんでもするから」といった声です。これほどの危機感をみんなが持っている、それが社内の状況ですよ。順風満帆でもなんでもありません。

 --2008年のリーマンショックでマツダが苦しんだときと比較すると、今の業績は雲泥の差があると思います。

 当時は為替に対する経営という観点からは生きていけないような生産体制のままで、もの造りを続けていました。つまり海外生産の割合が少なかったため、円高の直撃をまともに受けて、赤字に転落してしまいました。「儲かるビジネス」の本質に気がついたのはこのリーマンショックの後のことです。

 --儲かるビジネスという視点でいうと、フォードから経営者を迎え入れていた90年代後半から、そうした意識転換がなされていたのではありませんか?

 あのときマツダは、バブル経済がはじけて、存亡の危機に陥りました。5チャンネルという施策を掲げて、実力以上の販売拡大を図ったのが原因です。そのため販売促進費に頼ったセールスになってしまい、2001年3月期には1500億円という過去最大の赤字を出しました。そこで、肥大化したラインアップを整理統合し、高級車や軽自動車の開発生産をやめ、クルマ造りの原点であるオーソドックスな車種に集中し着実につくろうという方針を明確にしました。

 「コスト削減活動は全員の手柄です」

 --それがアテンザから始まる一連のいわゆるZoom-Zoomな製品ということですね。

 そうです、2002年5月に発売したアテンザがZoom-Zoomの第1号です。このモデルの主査を務めたのが現在会長を務めている金井誠太です。この2002年以降、業績は回復軌道に乗りました。これには輸出に有利な円安という為替の環境に助けられた側面もあります、当時の生産体制の前提は国内中心でしたから。そんな状態のまま、リーマンショックが来たというわけです。

 このリーマンショックに打ち勝つためには、付加価値を持った技術と製品の開発を心がけ、販売促進費に頼らなくてすむ、収益率の高いクルマを開発すべきだと、改めて認識しました。しかもこうしたクルマ造りをしながら、円高の環境下でも利益を確保しなければなりません。そこで必要になるのは、より高度なクルマを、従来のクルマよりも低いコストで造ること。現在のマツダの「モノ造り革新」「技術革新」の具体化はここから生まれました。

 --モノ造り、技術革新ということばは、マツダに限らず、どの企業でも掲げる方針ではありませんか。

 マツダの社内には以前から「ONE MAZDA」という考え方があります。つまり、全体最適、会社として最もよい判断をするという当たり前のことです。ところが、この“会社として”という考えが、部門間の厚い壁に阻まれてなかなか前進しない時期が続いていました。そうこうしているうちにリーマンショック。このショックによって、自分たちのこうした現実がより明確に見えてきたのです。自分たちの部門だけがよければそれでよし、というわけではない、製品が売れてはじめて、そのお金をもとに自分たちの次の製品が開発できるという現実です。

 --生産部門と開発部門のスタッフが同じ建物に同居しているのに、お互いに口も聞かないことがあった、という話もお聞きました。

 そんなこともありましたねぇ。でも、今は違いますよ。リーマンショックを機に、社内の空気は一変しました。まず、2009年の春、役員全員が結集して徹底したコストダウンの検討に没頭しました。現行のモデルをビス一本にまで分解して、各役員の責任領域、たとえば生産技術、購買などの立場から、コストダウンのアイデアを出す作業です。これは毎週1回、終日、ひとつのモデルについて行ないます。それを半年間ほど続けました。

 細かいものまで見直しました。たとえば、部品識別用のワッペン。「これ生産現場でほしいのか? 1枚10円もするぞ。現場は姿形で判別できないのか?」という指摘までしました。納入される部品に貼ってある傷つき防止シールも無駄なので廃止しました。そうした検討の過程で、とんでもないものも見つかりましたよ。部門の壁はこんなにも厚いのかと改めて感じました。

 このコスト削減活動は、役員や特定の個人の手柄ではありません。全員の手柄です。これをきっかけに、各部門のエンジニア同士が「そろそろ会社が儲かることをしようや」と言ってくれるようになりました。

 スカイアクティブが完成した秘密

 --少しずつ組織間の壁がなくなっていったというわけですか。

 この7、8年、大きく変わりました。今では組織の壁を越えて、その階層ごとにお互いに話ができていますし、必要な情報はすばやく伝わるようになっています。役員も同じです。週に1回集まって、2時間かけてじっくり話し合っていますよ。そしてお互いに助け合っています。たとえば、生産と購買も積極的に共同作業をしています。購買を支えてくださっているサプライヤーで生産に支障が出たとすれば、すぐに生産の人間がお手伝いにいきます。ようやくそこまで来ました。

 各部門長が自分の利害だけでものを言わなくなりました。上の人の承認をもらって初めて他部門に協力する、そんなことはもう必要ない、と、折に触れて言っています。そうした風土を根付かせたいものです。

 --スカイアクティブというマツダ独自の技術も、この風土の中で育ってきたというわけですね。完成するまでに、その実現可能性が疑問視された時期もあったように思いますが。

 安全性能と燃費・環境性能ははずせません。そのうえでマツダならではの走る歓びを実現する、これがスカイアクティブです。この技術が完成した背景には、マツダの特長である自前主義があります。

 どこからか技術を買うのではなく、自分たちの力で製品をつくろうということです。よい面も悪い面もあることを認識したうえで、自主運営を貫いています。技術も生産設備も同じです。あるソフトウェアを開発したあと、気がついてみたらもっとよいソフトウェアが世の中に供給されていたという失敗もありました。

 しかし、自分が手を加えることでよりよいものができあがると考えています。たとえば、製造設備に使用する産業用ロボットの場合、マツダは汎用製品を購入します。そしてそれを搬入したトラックの上で引き取り、あとは自分たちで工場建屋に搬入し据えつけ、さらにはソフトウェアを投入します。制御ソフトは多くがマツダの内製です。他の自動車会社でこの例はないと思います。

 まぁ、こうするのは、マツダにお金がないからでもありますが。試行錯誤でこうした設備を使いこなしますが、たとえ失敗しても自分でただちに直せるので、稼働率が上がることはあっても下がることはないのです。

 こうした運営をしていれば、すべて自前で進化させるので設備の経年劣化はありません。スカイアクティブが完成した秘密がここにもあるのです。

 --そうは言っても、すべて自前にすると、それなりに経営資源も必要なのではありませんか。

 自前主義で外部委託をしない分、開発などの要員の数は多くなります。これがネックではあります。しかし、同じ生産設備を、車種をまたいで使えるような工夫をすればよいのです。さらには、全車種に展開できる機能を検証して開発したり、車種を問わず顧客に受け入れられる機能や装備を工夫することで、無駄な開発はしなくてすみます。そうすれば、次の開発のための余裕が生まれます。

 どんな最新技術も、手頃な価格でなければ受け入れられません。これを守った好例は、スカイアクティブのディーゼルエンジンです。性能を上げればコストも上がる、値段が上がる。これは許されません。最新技術の導入が価格上昇のいい訳にはなりえないのです。価格はお客さまが決めるものということを忘れてはなりません。とはいえ、これが意外と難しいのです。

 (ジャーナリスト 宮本喜一=文 前定賢三=撮影)