裂けた部分をつなぎ直すために糸で縫い合わせるのではなく、その避けた部分を祝福するために刺繍を施す作品を作り出したのは、極めて必然的なステップだったのだ。しかしながら冒頭で書いたように、ジュリアは頭で考えてそうし始めたのではなく、自らの内にあるミステリアスな要素に引っ張られるように表現に変化が生じた。
「言うまでもないけど、こうしたプロセスはアートだけよ。日常生活を送るときは違うわ」と笑いながら話す。家事はロジカルだ。毎日、6-7時間は作業にあて、家族と共に過ごす時も大切にする。
昔はスポーツにまったく見向きもしなかったジュリアは、今は自転車に乗るのが好きだ。夫と一緒に100キロくらいは走り込む。朝は6-7キロのジョギングをする(ただし、8時に起きる彼女はよくイメージされる早朝ジョギングではない)。
最後に今は高校生になった子どもたちへの教育について聞いた。
「他人を尊重し攻撃的にならないことを第一に教えてきたわ。それから学びの大切さね。それによって状況がよく掴め、思慮に富んだ判断ができる。言ってみれば豊かな自分になれる、と」
ジュリアの話を聞いていてぼくが思い描いたイメージがある。ヨットが風上に向かってタッキングしながら進む風景だ。ヨットは風のあたるセールの向きを適時変えながらジグザグに進む。ジュリアは「合理」と「合理ではないもの」という2面に交互に風にあてるように舵を切る。その絶妙な機転に人生の喜びを彼女は感じている。そうぼくの目には映った。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。