「ミラノでデザインを学び、インドに戻ってそれをソーシャルイノベーションに使いたいの」と語るアディティは、ミラノ工科大学修士課程で勉強するインド人の女学生だ。インドで心理学を学び、卒業後は社会課題に取り組む団体などで活動してきた。
彼女がそうした道に関心を抱くようになったのは、ボランティアで社会的階層の低い子供たちに英会話を教えるようになったからだ。英語が話せるかどうかは22の公式言語があるインドで生きぬくに大切なスキルであり、そこに社会の問題を解決していく鍵があると考えるからである。
電力会社のエンジニアの父親のもとで育ったアディティは、高校まで「狭い世界」に生きてきた。火力発電所を中心に直径数十キロの範囲に生活のすべてがあった。日常の買い物から教育施設までインフラが整い、「医療を受けるにはお金が必要というのは、その街を出て初めて気づいた」というほどに父親の勤める企業の枠のなかで生活し、学校教育も英語で受けてきた。
「この社会でよい職に就くとはエンジニアか医者になることだよ」と父親に教えられてきた。娘はエンジニアより医者の方が合っていると思い医学部の進学を試みたが叶わなかった。心理学を選んだのは医療の一部に位置するからだ。
弁護士はどうなの?と聞くと、インドでは法曹界はそれほど人気あるステイタスにないとの説明が返ってくる。
チベット地方の標高2000メートルに近い公立小学校でも英語を教えた経験を経て、社会の「ややこしさ」を何とかできないかとの思いが強くなる。そうしたなかで米国の認知科学者であるドン・ノーマンの著書『誰のためのデザイン?』に出会い、そこからデザインの存在を意識するようになったのだ。