地方自治体に問われる「定年」制度の運用
だが、国も地方も、人事制度の抜本的な見直しにはなかなか手をつけない。「働き方改革」の名の下に、職員にプラスになる待遇改善には力を入れるが、職員に厳しい改革は誰もやりたがらない。今年、法律が通った国家公務員の定年延長がその典型だろう。現在60歳の定年を段階的に65歳まで引き上げることが決まった。60歳以上はそれまでの年収の7割に抑えるという話だが、民間人からすれば、7割も保証されるのはまさに「天国」。もちろん、65歳まで身分保障があるからクビになる心配はない。
総務省は、「地方公務員についても、国家公務員と同様に段階的に定年を引き上げ、65歳とする必要がある」としている。つまり、地方も国の制度に右へ倣えで、原則として定年を引き上げなければならないのだ。
国債をバンバン出して財政赤字を膨らませている国は多少の人件費増加も耐えられるが、地方財政はそうではない。人件費の増加で軒並み赤字が巨額になりかねない。さすがに総務省は「ただし、職務と責任の特殊性・欠員補充の困難性により国の職員につき定められている定年(65歳)を基準として定めることが実情に即さないと認められるときは、条例で別の定めをすることができる」と書いている。今後、地方自治体が「定年」制度をどう定め、運用していくのかが大きな焦点になってくる。
20代で辞める若手官僚たち「本当の理由」
定年の延長は一見、働く公務員が両手を上げて歓迎することのように思われるが、実は違う。特に今のように年功序列で年次主義の人事が行われている役所の仕組みのままでは、大きな問題がある。若手の活躍の場がなくなるのだ。いつまで経っても雑巾掛けで、責任を持って仕事をするのは四半世紀先の50代になってから、ということになりかねない。そうした活躍できない職場に見切りをつける優秀な若手官僚が増えている。
公務員制度改革を主張し続け、この選挙に出馬せず政界を引退した塩崎恭久・元厚生労働大臣が、議員時に官僚に調べさせたところ、20代で自己都合退職する総合職の国家公務員が急増していることが分かった。2013年に21人だった退職者は、5年後の2018年に64人、翌2019年には86人になった。
人事院などは「忙し過ぎるから」だと原因を分析し「働き方改革」を進める意向だが、総合職の官僚になる優秀な学生は忙しい事は覚悟の上だ。辞めた官僚に話を聞くと「馬鹿げた仕事に無駄な時間を使っている」「いつまで経っても下働きで責任を持たせてもらえない」「ここに30年いたらダメになる」「幹部に目標となる尊敬できる人がいない」といった声が返ってくる。新陳代謝が進まなくなる、単なる定年延長は彼ら世代にはむしろマイナスと映っているのだ。
「行政のあり方」を変えることが求められている
塩崎元議員によると、「若手を抜擢できる公務員制度改革に、昔は霞が関全体が反対でしたが、最近は公務員制度改革をやらないと霞が関はダメになると語る幹部官僚が増えてきた」という。
今回の総選挙では、「分配」強化を主張した野党連合は結果的に議席を増やすことができず、岸田文雄首相が施政方針演説で「改革」という言葉を封印した自民党も議席を減らした。一方で、明確に「改革」を訴えた日本維新の会が11議席から41議席に躍進した。
維新は、大阪の府政、市政の改革に取り組み、職員の人事制度に手を入れる一方、議員定数の削減や、知事・市長の報酬削減、退職金の廃止などの「行政改革」を実際に実行した。国民の多くが行政のあり方を変えることを求めていることが示されたと言えるだろう。
それにつけても、永田町からは「国家公務員制度改革」という言葉が聞かれなくなり、政府も議員も自らの身を切る覚悟もなくなった。幹部公務員の人たちが、0.15カ月のボーナス削減で不満を持っているとしたら、国民感覚、住民感情との格差があまりにも大きいということではないか。
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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)