ブランドウォッチング

メルセデス・ベンツSクラス 衝撃的なフルモデルチェンジが探る極点

秋月涼佑
秋月涼佑

 実はブランド戦略の面でも、自動車ほどの巨大なマーケティング予算をもってしても自社が持つ様々な車種ブランド全部をピカピカの状態で維持することは容易ではありません。例えば清涼飲料であれば、生活者の購買意向が絶対的に1位でなくても、試し飲みしてみようかとか、たまには気分を変えようと多くのブランドが存在できる余地があります。でも自動車は多くの人にとって気軽に何台も何台も買い替えるものではなく、購買対象の席は限られ、圧倒的な1位、せめて表彰台の位置にいなければノーチャンスです。

 要は、メルセデス・ベンツほどの大ブランドにしても、個別の車種ブランドをそれぞれ独自に訴求するよりも、すべてのブランド価値を「メルセデス・ベンツ」という1点に集中し磨き上げる他ないという厳しい判断をしているということだと思います。

 圧倒的装備で最上級顧客をも納得させる迫力

 この戦略、フラッグシップへの評価が揺るがない限り、その強力なイメージの傘の下でよりリーズナブルにそのブランド価値を享受できるボリュームゾーンの顧客に文句があろうはずもありません。一方で、フラッグシップ車種のユーザーは、数分の一の予算で同じブランドの車種に乗る庶民の存在に耐えられるのでしょうか。実はこの点、さすがのメルセデス・ベンツもわずかな逡巡が見てとれます。2002年以来マイバッハというメルセデス・ベンツの上に位置するブランドを設定しているのです。ただし、ラインナップ面でも訴求面でも前面に押し出すのをためらっているようにも見受けられます。メルセデス・ベンツブランドが”最善か無か”を標榜する限り、屋上屋の存在は自己矛盾的であることは否めません。

 そんな葛藤を内包しながらも、有無を言わさない説得力と迫力でメルセデス・ベンツブランドを牽引する役割のSクラス。ショーオフつまり見せびらかしを好まない、あるいはそのためのスーパーカーを別に所有するユーザー層の意識やスタイルの変化もあるでしょう。外観のアンダーステートメント(主張の控え目さ)からは想像もつかない、圧倒的な先進性、高品質と機能の充実。いつもSクラスの室内に入ればドアを閉めた瞬間からまるで深海に潜ったような静謐につつまれますが、さらにボディの静粛性に磨きがかかっているとのこと。きっと新型Sクラスも、そもそものトップセグメントのユーザーを納得させながら250万台をさらに拡大させるという離れ業をやってのけることと思います。

 今や世界の自動車業界関係者全員が世代をワープしたかのようなトップランナーの跳躍に震撼としているはずです。

 自動車立国、歴史的に多くの車種ブランドを抱える日本の自動車メーカーも、し烈なグローバル競争を勝ち抜くためのブランドポートフォリオ再検証が必要ではないかと考えます。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)
秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら

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