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【野口裕之の軍事情勢】中国の軍略「積極防御」は「積極暴挙」へのワナ

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【野口裕之の軍事情勢】中国の軍略「積極防御」は「積極暴挙」へのワナ

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全人代に出席する中国人民解放軍の代表たち。中国軍は進化を加速させているが、将兵の質は簡単には変えられず、「逃げ足」と「腐敗」がその伝統文化だ=2015年3月5日、中国・首都北京市西城区の人民大会堂(共同)  中国人民解放軍は装備や教育・訓練、運用といったあらゆる面で進化を加速させている。中国が滅亡を免れているのなら、後世から見て2015年は重要な改革年に位置付けられるかもしれない。明治二十七八年戦役(日清戦争/1894~95年)開戦120周年だった14年、中国では、軍関係者が日清戦争敗戦より数々の戦訓を引き出し、珍しく冷静・合理的に分析・検証を重ねた。いよいよ15年は、戦訓を実行に移す初年となるのだ。しかし、民族性と、民族性が染める軍の文化、直截的に言えば「将兵の質」は簡単に変えられぬ。あえて長所を絞り出せば、中国軍将兵の脚力は評価に値する。朝鮮半島中南部で行われた日清戦争最初の主要陸戦《成歓の戦い》でも、脚力を存分に発揮した。ほぼ互角の投射戦力にもかかわらず、死傷者は日本88名に対して清国500名以上。武器を投げ出し、はるか北西の平壌まで、絵に描いたような潰走を披露した。

 加えて、哀れなのは敗戦120周年の今年、引き続き安倍晋三氏(60)が首相の座に居る残酷な現実。成歓の戦いでは、大日本帝國陸軍の大島義昌少将(後に大将/1850~1926年)が指揮を執った。大島大将は、安倍氏の祖母の、そのまた祖父に当たる。中国は、恫喝をはね返す目障りな安倍氏を一層嫌いになったことだろう。

 もっとも、中国人分析者の多くが、だらしのない清国を倒し「偉大なる中華民族の復興」を成し遂げた立役者が、後の共産党だと喧伝する。「眠れる獅子」に魂を吹き込んだというストーリーに仕上げたいようだが、地球の平和に向け眠り続けていただきたかった。

 日清戦争の敗因を分析

 日清戦争の戦訓に関わる中国軍関係者の論文は、多くが気味が悪いほど軍事合理性に沿っていた。中国軍進化への兆しだとすれば、それはそれで脅威ではある。

 例えば、共産党の高級幹部養成機関発行の《学習時報》紙には《主導防御》なる聞き慣れぬ軍事ドクトリンが載った。清国の《受動的防御戦略》を批判する過程で提唱された軍略で、海外権益が膨らむ現在、軍事思想は《積極防御が主導防御に変化するのが必然》と断じる。これほど強烈ではないが、軍の最高学術機関・軍事科学院の副院長(陸軍中将)も《中国軍事科学》誌への寄稿で《攻勢的戦術と主導権奪取を重視した軍事ドクトリンの欠如》を敗因と論じている。また、海軍中将も軍事科学誌で《受動的作戦》を否定し《積極的な遠方への前方展開》を主張した。

 ひょっとすると、中国は一貫して唱えてきた《積極防御》戦略を放棄し、先制攻撃を軸とした軍事戦略に大転換を図ったのかと緊張したが、より“正直”に表現したに過ぎぬ。

 中国は時代に合わせ細部は変化させてはいるが、初代国家主席・毛沢東(1893~1976年)が編み出した積極防御戦略を堅持。《防御・自衛と後発制人こそが戦略上の原則》とする。

 《後発制人》とは、楚(紀元前3世紀)の将軍が「敵に後れて発し、敵に先んじて至ることが用兵の要」と諭した故事に由来する。単純化すれば、攻撃を受けた後の反撃。ただ、中国の戦史に精通する読者には???ではないか。

 「後発制人」戦略を装う

 確かに、帝國陸海軍や中国国民党軍との戦では大規模戦闘を回避して逃げ回るか、大陸深部に引き込み(誘敵深入)敵戦力を消耗させていった。ところが朝鮮戦争(1950~53年休戦)で、中国人民志願軍(実際は正規兵)は朝鮮半島に打って出た。中印戦争(62年)では越境してインド軍に大攻勢を掛けて勝利。中越戦争(79年)でも、ベトナムの都市を占領した。

 戦史を振り返ると、国家存亡を賭した強敵との全面戦争(戦略レベル)では後発制人を採用。勝てるとシミュレートした(被害甚大だった戦役もアリ)局地戦(戦術レベル)における敵には、先制攻撃を含む攻勢(先機制人)を選択している。全面戦争の勃発可能性が低下した現在、確率の高い局地戦は戦略目標に格上げされたと観てよい。尖閣諸島(沖縄県石垣市)海域や南シナ海で、中国軍が挑発的な作戦行動を続行している実態と併せ読むと、後発制人という看板は「偽りアリ」どころか、掛け替えたのだ。

 しかも指揮・統制・通信・コンピューター・情報・監視・偵察が一元化(C4ISR)された現代戦では、索敵されれば瞬時に殲滅される故、索敵と殲滅は同義と言っても差し支えない。サイバー・電子戦を含め、敵の第一撃を待っての反撃は、もはや戦の体をなさぬであろう。中国は今後も、後発制人戦略を装い世界を油断させ、スキあらば侵攻を繰り返すはず。

 伝統の「逃げ足」と「腐敗」

 当然中国は、日清戦争敗北を都合よく利用して日本への警戒感をあおり、「戦備を怠るな」と、人民の戦意高揚を謀る。だが慌てる必要はない。中国人は、冒頭述べた「逃げ足」に加え、もう一つ大きな伝統文化を持つ。「腐敗」である。

 前出の軍事科学院副院長ら多くの軍関係者も「日清戦争の敗因」の大きな要素と指摘している。象徴は、清国皇帝の妃→母として権力を振った西太后(1835~1908年)が、避暑用の離宮を修復すべく、巨額の海軍予算を流用した愚。習近平・国家主席(61)が、腐敗撲滅のために言わせている側面も有ろうが、中国人が抱くカネへの異常な執着=汚職は永久不滅だ。政体が変わろうと、日本がいかに憎かろうと、カネまみれになり自滅を繰り返すこの国に“期待”しよう。世界平和にも資する。

 日清戦争前の1882年、福澤諭吉(1835~1901年)は、自ら創刊の時事新報紙に連載した社説をまとめた《兵論》で、清国が軍事力の重大性に気付いたときの危険を看破している。意訳すると-

 《支那が、立国の根本は軍事力だと目覚め、西洋の兵法や兵器とその製造・運用法を導入する必要性を知り、投資して兵制を一変し海陸軍を強化すれば、今以上に強大な国家になる》

 共産中国は既に《目覚めた》観も有るが、党でも軍でも汚職・横流しが跋扈する。「目覚めた獅子」が、カネの魔力で今一度眠りに就く天佑は残る。

 できれば、今度こそ眠りは永遠であってほしい…(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS

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