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【日本遊行-美の逍遥】其の十四(加計呂麻島・鹿児島県) 神々と自然に生かされて

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【日本遊行-美の逍遥】其の十四(加計呂麻島・鹿児島県) 神々と自然に生かされて

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島でよく見かけるアダンの実。パイナップルのような外見と香りを漂わせる=2014年5月24日、鹿児島県大島郡瀬戸内町・加計呂麻島(井浦新さん撮影)  昨年、奄美大島の南に位置する加計呂麻島(かけろまじま)にドラマの撮影で長期滞在した。1日あれば車で1周できる小さな島。海側の入り江のあちこちに30近い集落が点在する。この島の宝は、何といっても美しい自然だ。ライオン岩、青の洞窟など、目の覚めるような風景に心が洗われる。

 とはいえ奄美地方は台風の常襲地域だ。家々は平屋が基本で、修繕しやすいトタン葺き。奄美大島と加計呂麻島を橋で結ぶ構想もあるが、台風被害を考えるとなかなか実現にこぎつけない。島内には大きな商店がなく、島に住む人たちはフェリーに乗って約20分の奄美大島へ買い物に出かける。台風が近づくとフェリーは欠航、ライフラインが途絶える。

 古くは琉球王朝、薩摩藩の過酷な搾取を受け、サトウキビのみの生産を強制され、人々は山中に田畑を開いて命をつないだそうだ。ノロが神事の前に身体を清めたといわれる嘉入(かにゅう)の滝の上には、今でも隠し田んぼの跡が残されている。

 加計呂麻島は奄美の隠れ場的存在であり、鹿児島でも沖縄でもない、独自の生態系と文化が育まれてきた。天然記念物、生物の固有種の宝庫であり、どの海岸に立っても、朝日と夕日の風景に魅せられる。一日のなかで、とりわけこうした時間を大切にしている僕にとって、加計呂麻島での滞在中は至福のひとときだった。

 撮影の合間にすべての集落をめぐってみた。各集落には必ず土俵があり、豊年祭には1歳になった島の男子が化粧まわしをつけ、島の男たちに抱かれて土俵入りする。神社があれば神社、なければ公民館などの集落の中心地に土俵は置かれる。土俵は聖域で、神が降りてくる重要な場所だからだ。

 ≪平家と源氏の痕跡 800年の時を超え≫

 祭りといえばもう一つ、「諸鈍(しょどん)シバヤ」も忘れてはならない。壇ノ浦の戦いに敗れて奄美へ落ちのびた平資盛(たいらのすけもり)が、土地の人々と交流を深めるために上演して見せたのが始まりだという。

 シバヤとは芝居のこと。出演者である男子が、自らつくったカビディラという紙製の面をつけ笠をかぶり、伴奏にあわせて演じるものだ。僕はこの面が欲しくなり、「どこで手に入れることができますか?」と尋ねたら、諸鈍集落のお爺(じい)さんが、祭りに参加する住民の手製であることを笑いながら教えてくれた。平家が伝えた都の文化が、ここ加計呂麻島で土着の文化として根付き、800年を超えた現代にも息づいていることに、ただ驚くばかりだ。

 白いサンゴの砂浜が続く、島でもっとも美しいビーチのある実久集落へ。実久三次郎神社でお参りをすませ、境内の縁起に目を通したら、何と神社の名前にある「三次郎」は、僕の大好きな源為朝(みなもとのためとも)の子息だった。

 巨漢で荒くれ者、源氏の最終兵器といわれた為朝は、伊豆大島で切腹したとされるが、一説によると船の上手な使い手として琉球に逃れ、琉球王国の始祖になった。その途中、実久に立ちより集落の女性と恋に落ち、生まれた子供が三次郎なのだという。平家と源氏、あれほど熾烈(しれつ)な闘いを続けた敵同士が、同じ島に滞在して島の人々と交流していたなんて、ほほえましささえ感じてしまう。

 西阿室集落にも足を運んだ。ノロが天上神を祀るアシャゲ、グリヤマと呼ばれる聖域があり、マリア観音、神仏習合の秋葉大権現などが祀られている。別の時空を生きる神々が共存しており、民俗学的な興味が尽きない。どの集落でも、海辺に屹立(きつりつ)した岩々を立神(たちがみ)と呼んで崇め、沖に浮かぶ無人島は神々の棲処(すみか)と信じてきたそうだ。

 島で出会う多くの神々。そこに捧げられた祈り。神々と自然に生かされてきた島で、私たちは何度でも新しい時間を生き直せる気がする。(写真・文:俳優・クリエイター、京都国立博物館文化大使 井浦新(いうら・あらた)/SANKEI EXPRESS

 ■ノロ 奄美大島や沖縄で村落の公的祭司(さいし)をつかさどる神女。火の神や御嶽(うたき)の神の祭司を通して領内の人々の繁栄や平和を祈る。

 ■いうら・あらた 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

 2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。

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