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【日本遊行-美の逍遥】其の十二(高岡・富山県) 雨に煙る雨晴海岸 義経も見たか

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【日本遊行-美の逍遥】其の十二(高岡・富山県) 雨に煙る雨晴海岸 義経も見たか

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雨晴(あまはらし)海岸から見た女岩。名前に反して、残念ながら雨に煙っていた。まわりの小さな岩と合わせると、母子のように見えることから「女岩」と呼ばれるようになったという=富山県高岡市(井浦新さん撮影)  日本の銅器の9割以上を生産する富山県高岡市。この夏、高岡市美術館で開催されている「メタルズ!-変容する金属の美-」展のシンポジウムに参加した。

 古代の青銅器、銅鏡から、金製の勾玉(まがたま)、切り透かしの金銅小幡、二条城二の丸御殿の飾金具、さらに世界を驚かせた明治の超絶技巧や現代の工芸品まで、およそ100点が一堂に会するという豪華な展示を鑑賞し、めったに体験できない金属器の世界にどっぷり浸ることができた。

 美術館に行く前に、高岡の自然の風景をファインダーに収めようと、大急ぎで雨晴(あまはらし)海岸に出かけた。源義経が奥州平泉へ逃げていく途中、突然雨が降り出し、弁慶が岩を持ち上げてその陰で雨宿りをしたという「義経岩(よしつねいわ)」へも行ってみる。

 高岡市唯一の島である男岩、そして女岩も見えた。晴れていれば富山湾越しに立山連峰が連なる絶景が見えるはずだったが、残念ながら雨空に煙っていた。義経もこんな風景を見たのだろうか。かつて日本海沿岸は北前船でつながり、高岡鋳物のニシン釜が北海道まで運ばれていたという話を聞き、遠い土地とのつながりを思う。

 高岡鋳物の歴史についても学んだ。現在の高岡のまちの骨格が築かれたのは、1609(慶長14)年、加賀藩主の前田家の2代目にあたる前田利長が高岡城を築き、入城したのに始まるという。高岡の鋳物の歴史はこのとき、城下の繁栄を図るために、高岡市の南西にある礪波郡(となみぐん)西部金屋から7人の鋳物師を招いて鋳物づくりを行わせたことに始まる。ところがわずか5年後、徳川幕府が公布した「一国一城令(いっこくいちじょうれい)」で高岡城は廃城になってしまう。

 そこで3代目利常が、さまざまな保護政策を敷き、まちの存続に努めた結果、高岡は栄え、金屋町の鋳物業も大いに盛り上がり、全国一の産地として躍り出た。

 ≪実直な営みが美を引き寄せる≫

 シンポジウムの前に、人間国宝の大澤光民(おおざわ・こうみん)氏(70)と、伝統を継承する般若保(はんにゃ・たもつ)氏の工房を訪ねた。緊張する僕に大澤氏は「隠すことは何もないので、どうぞ」と写真撮影に応じてくれた。

 大澤氏は「鋳ぐるみ」という技法で鋳型にステンレス線や銅線を埋め込み、火や水、宇宙などを表現している。鉱物は独特の物質感を持つ。掌に乗るような小さな鉱物を見ていると、きらめく光の粒が宇宙の星のようにも思えてくる。地球は大きな宇宙の一部で、鉱物は地球の構成要素。ミクロとマクロの世界を行ったり来たりできる魅力的な素材だ。その物質感と「鋳ぐるみ」の技法、大澤氏の作品テーマがぴたりと重なっていることに驚いた。

 安土桃山時代末、金屋町に呼び寄せられた7人の鋳物師の中に「般若」という名字があった。般若保氏は彼らの子孫にあたる。昔ながらの工法で一つ一つ手づくりする鋳物のエキスパート。高岡では鍋・釜・鋤(すき)・鍬(くわ)などをつくっていた鋳物師とは別に、江戸時代中期に仏具師による唐金鋳物が発達し、技術の幅が広がった。一人一人が作家であり、職人でもある。複数の鉱物を交互に流し込み、不思議な混じり合いを見せる「吹分(ふきわけ)」という技術を極めている。技術力の高さから、全国から仏像や茶釜などの修繕を求める声が絶えない。般若氏の工房にいると、鋳物が現代の生活のなかに息づいていることが伝わってくる。

 ものづくりを支える秘訣(ひけつ)を尋ねると、大澤氏からは「魂を込める」、般若氏からは「真面目に取り組む」という言葉が返ってきた。鍛錬を積み、成熟した工芸士の言葉は、簡潔さゆえに深みを増す。

 日本には連綿と続く金属器の歴史があり、美の秘密はその起源に宿っている。奇をてらったり我を張るのではなく、ほかならぬ実直な営みがその美を引き寄せるのだと、両氏の言葉は語っているように感じた。(写真・文:俳優・クリエイター、京都国立博物館文化大使 井浦新(いうら・あらた)/SANKEI EXPRESS

 ■いうら・あらた 1974年、東京都生まれ。代表作に第65回カンヌ国際映画祭招待作品「11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち」(若松孝二監督)など。ヤン・ヨンヒ監督の「かぞくのくに」では第55回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。

 2012年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催するなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。13年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。

 【ガイド】

 ■井浦新さんが代表理事を務める「匠文化機構」は、東京都中央区銀座4の6の16「銀座三越」で2014年9月3日(水)から9日(火)まで開催される「GINZAキョウト展」で、「京のろおじ」コーナーを出店する。井浦さんが案内する京都ガイド本「京のろおじ」に掲載された、京友禅の老舗「岡重」の風呂敷や五花街の一つ、宮川町にある伝統工芸のセレクトショップ「●(=品の口がそれぞれ七)多良」の品々などを集めた。さらに、9月13日に京都国立博物館知新館がオープンするのを記念して井浦さんが制作した手ぬぐいや扇子などの公認ミュージアムグッズを先行販売。

 また、9月3日午後2時からは「古くて新しい京都の魅力」をテーマに井浦さんのトークショーを行う。会期中には、井浦さんのSANKEI EXPRESSの連載「日本遊行-美の逍遥」に掲載された鞍馬の火祭や祇園祭、下鴨神社など京都の写真20点も展示される。問い合わせは(電)03・3562・1111、三越銀座店まで。

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