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前支局長起訴 日本のもの書き全員への挑発

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前支局長起訴 日本のもの書き全員への挑発

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4月17日、転覆し、沈んでいく旅客船の近くに集まった韓国海軍の海難救助部隊の隊員たち=2014年、韓国・全羅南道珍島沖(AP)  【佐藤優の地球を斬る】

 韓国のソウル中央地検が8日、産経新聞社の加藤達也前ソウル支局長を朴槿恵(パク・クネ)大統領に対する名誉毀損(きそん)で在宅起訴した。1970年代、「停滞の時代」と呼ばれていた頃のソ連にこんなアネクドート(小話)があった。

 言論弾圧国家に変貌

 〈あるモスクワ在住の怠け者が、厳冬の3カ月間を刑務所で暮らすことを考えた。マイナス20度になるモスクワだが、刑務所には暖房があるし、黒パンと温かいスープが出る。刑法を調べると、「国家元首侮辱罪」が、懲役3カ月にあたると書いてあった。

 そこで、この怠け者は、クレムリン宮殿の隣の「赤の広場」に行って、「ブレジネフ(ソ連共産党書記長)は、バカだ。あいつはクズで頭が悪い」と大声で叫んだ。「赤の広場」には常時、数十人規模のKGB(ソ連国家保安委員会=秘密警察)の私服刑事が監視をしている。この怠け者も叫んでから5分もしないうちに逮捕され、KGB本部に政治犯として連行された。

 怠け者は、秘密裁判にかけられた。判決は、なんとシベリアの強制収容所での懲役7年だった。KGBと裁判所は、怠け者の行為を、国家元首侮辱罪でなく、国家機密漏洩(ろうえい)罪として摘発、処罰したからだ〉

 当時のソ連市民たちは、KGBの恣意(しい)的な捜査と、ソ連指導部があまり聡明(そうめい)でないことを揶揄(やゆ)して、こんな冗談を言って楽しんでいた。こういう冗談を言ったからといって、KGBがソ連市民を事情聴取し、起訴するようなことはなかった。

 どうも韓国は、旧ソ連の上を行く言論弾圧国家に変貌しつつあるようだ。

 産経新聞社の乾正人編集長は、10月10日付紙面の編集日誌でこう記している。

 <旧ソ連では、日本や米国など自由主義国の特派員に対する監視が徹底していました。

 ことに「民主主義と自由のためにたたかう」報道を旨としてきた小紙に対する風当たりは強く、ある日、某特派員が帰宅してみると、地震もないのに本棚が倒れていたそうです。そんなソ連でも記事をめぐって難癖をつけることはあっても、名誉毀損で特派員を訴えるようなまねはしませんでした。

 ご存知の通り、ソウル中央地検は加藤達也前ソウル支局長を大統領に対する名誉毀損で在宅起訴しました。韓国はてっきり、民主主義国家だとばかり思っていましたが、ソ連もはだしで逃げ出す強権国家でした>。その通りだ。

 世界規模で非難集中

 8月3日に産経新聞社のウェブサイトに加藤氏が署名入りで書いた「朴槿恵大統領が旅客船沈没当日、行方不明に…誰と会っていた?」という記事が朴槿恵大統領の名誉毀損にあたるとされた。旅客船セウォル号が沈没した4月16日に大統領の所在がはっきりしなかったことが韓国国会で問題になったが、男性と会っていた噂があるとした韓国紙のコラムなどを引用して書いた記事だ。

 この程度の記事を理由に新聞記者に刑事責任を追及するというのは常軌を逸している。米国、ロシア、ドイツの記者が同じ記事を書いたとしてもこのような対応はしなかったと思う。そもそも加藤氏が引用した韓国紙の記事を書いた記者は起訴されていない。明らかに日本のマスメディアが狙い撃ちにされている。

 この問題は、韓国の国家権力が加藤氏、産経新聞社に対してかけた弾圧にとどまらず、日本のマスメディア、記者、そして、もの書き全員(そこには筆者も含まれる)に対する挑発である。売られた喧嘩(けんか)は買うべきと筆者は考える。これで日韓関係は相当冷え込む。その責任は完全に韓国側が負うべきだ。

 加藤氏の起訴によって、韓国は報道の自由を保障できない国際基準での標準的価値観を共有できない国であるという認識が広がる。事実、世界的規模で、加藤氏の起訴に対する韓国の対応に非難が集中している。客観的に見て、加藤氏に対する起訴を撤回することが、韓国にとっての打撃をミニマム化する方策と思う。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優(まさる)/SANKEI EXPRESS

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