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【フィギュア】涙の笑顔 冬のヒロイン
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涙の笑顔で浅田真央(まお)はソチ五輪の演技を終えた=2014年2月20日、ロシア・ソチのアイスベルク・スケーティング・パレス(大里直也撮影) □SOCHI OLYMPICS
涙は、安堵(あんど)感があふれさせたものであるのだろう。前日のショートプログラム(SP)で信じがたい失敗を繰り返した後悔の涙もまじっていたかもしれない。これで、五輪の舞台、真剣勝負の場とはお別れなのだという、惜別の涙でもあったのかもしれない。フィギュアスケーターの道をいつも応援してくれた、亡き母の顔が浮かんだのかもしれない。
口に浮かぶ笑みは、五輪の舞台で自分の演目を滑りきることができたという満足感が作り出したものだったのだろう。スタンドの拍手も、笑顔の後押しをしたに違いない。いつも笑顔で滑っていた、スケートが楽しくて楽しくて仕方がなかったころを思い出したのかもしれない。
これほど美しい、泣き笑いの表情は珍しい。
浅田真央(まお、23)はソチ五輪のフィギュアスケート女子の競技を、6位入賞の成績を残して終えた。
前回バンクーバー五輪の銀メダリストで、世界選手権女王でもある。今季のグランプリファイナルも制した。6位は、到底受け入れられる順位ではない。
SPではトリプルアクセルで転倒し、その後のジャンプをことごとく失敗し、スケートも伸びを欠き、これが浅田だろうか、という演技で16位の下位に沈んだ。
「緊張をコントロールできなかった。体がついてこなかった」。SPの演技を悔やむ顔に表情はなく、ショックの大きさは痛々しくさえあった。翌日のフリーで浅田がどんな演技をみせるのか、想像するのが怖くさえあった。
現地でもテレビ桟敷でも、フリーの氷上に立つ浅田を見る視線は、応援でも頑張れでもなく、多くは「見守り」であったろう。
すべてのジャンプを成功させた。トリプルアクセルも舞うように降りた。切れ味鋭いステップにスタンドが沸いた。フリー自己ベストの得点でもメダルには届かなかったが、浅田の演技は見る人を感動させた。
札幌五輪のフィギュアで尻もちをつきながら金メダリストよりも記憶に残るジャネット・リン(米国)のように、浅田も長く人の記憶に残るだろう。皮肉にもそれは、SPの大失敗が作ったドラマだった。浅田はソチのメダリストにはなれなかったが、冬のヒロインとなった。
≪同時代を戦った 2人の思いは≫
ソチ五輪の現場から送られてくる写真をみると、フリーの演技から後の浅田真央(まお)のものは、どれも美しい。ショートプログラム(SP)前の不安そうな表情、演技中の自信なさげな顔、インタビュー時の表情を失ったような自失の能面ぶりは、すべて振り切ったようだった。
なかで、ベストショットをあげればエキシビション練習時の一枚をあげる。産経新聞社、大里直也カメラマン撮影のこの写真は、どの選手も真剣勝負を終え、屈託のない笑顔をみせている。中央で満面の笑みの浅田。左にはにかむような笑顔をみせる金妍児(キム・ヨナ、韓国)。
演技用の化粧を落としているせいもあるのだろう。2人とも、少女の面影を残している。高橋大輔(27)も笑っている。「JAPAN」の背中をみせる羽生結弦(はにゅう・ゆづる、19)も、全身から喜びの表情が読み取れる。
すでにソチ五輪を最後に現役を引退することを明かしている金妍児は、23歳の浅田と同年。ジュニアの時代から長くしのぎを削り、同じ時代に生まれたことを恨んだこともあったという。
4年前のバンクーバー大会では金妍児が金、浅田が銀。宿命のライバルは常に注目を集め続け、日韓のメディアもこれをあおってきた。SPの浅田の失敗。フリーでみせた復活の演技。終了時の浅田の涙に、金妍児も「こみあげるものがあった」と会見で話した。
2人しか分からない、共有する思いがあるのだろう。解き放たれたエキシビションでは、2人が手を握り滑るような演出もあるかと想像したが、少し距離を置いたまま、時間は過ぎた。いつか2人に、誰にも邪魔されない時間があればいいと思う。(EX編集部/撮影:大里直也、共同/SANKEI EXPRESS (動画))